月別アーカイブ: 2007年10月

合唱への誘い

高校時代の友人に音楽の先生がいます。昨年、仕事も兼ねて近くに来たついでに私のところに立ち寄ってくれました。私はその世界には疎いのですが、彼は合唱や吹奏楽を精力的に指導してコンクールにも出場し、何度か県代表にもなっているといいます。

そんな彼が最近混声合唱を始めたそうです。教え子達を中心としたメンバーだととのこと、そしてそのメンバーに加わらないかというのが彼の訪問の趣旨でした。

     「毎日、酒を飲んで寝てしまう、そんな生活ではないのか。」
「まあ、そうだよ。」
「もっと潤いのある生活をしろよ。この年になってきたら趣味を持つべきだ、
音楽に心を注いでみたらどうだ。合唱に出て来いよ。」

と、そんな内容の会話でした。昔から合唱の中の「ただの人」であった私を誘ってくれる彼の気持ちは嬉しいですね。(そんなところにも誘いをかけるほど、世の中で合唱を唱う男性が少なくなっているのだとも思います。) しかし、目立たないながらも佐々木先生の音楽の熱烈なファンである私が、そういう合唱団にはいって一緒に唱っていける自信は全くありません。かといって私たちの経験した音楽を逆に伝える力もない私は、この友人の誘いにも心を閉ざしたままでした。

先日の「N先生を囲む会」では、開会に先立って混声合唱の練習が少々ありました。この指導はHさん主導で行われました。コンクールでも実績があるという彼は、どうやらのびのびと声を出させるといった感じの指導でした。短い時間の中でも「発声」というような内容が出てきます。こういう通常の合唱の経験がほとんどない私はその指導に興味津々でもありました。振り返ってみると私たちが経験した分離唱の合唱では発声という内容に触れることはありませんでした。ここでの彼の指導はやはり、「一人一人が確実に歌えて合唱が成り立つ」という指導でしょうかね。しかし、この短い練習の中でハーモニーへのアプローチというのは全くないのです。そして私の耳に飛び込んでくる周囲の声は、しっかりと自分の音程で歌っています。周囲の声、響きを自然にきいて、その中で歌っていくことに慣れている私は、「こんなにも歌い方が違うんだ」と思わずにはいられません。「うたう喜び」にあふれそれが伝わってくるところに「あー、いいなあ」とも思うのですが、やっぱり私は「聴いてうたう喜び」「ハーモニーを感じながらうたうよろこび」がいいなあ。

高校の合唱

 1年生の頃、私はクラブに所属せずにいました。芸術の授業の選択も書道であった私は、音楽のN先生との接点も全くなかったのです。しかし、クラスメイトのHさんが合唱部に所属しており、その楽しげな様子に関心をもっていたのだろうと思います。
 私たちが1年の時の学園祭で合唱部は子ども歌劇「手古那」というのをやっていました。主役の女性「手古那」は女性二人が演じ、途中で入れ替わりました。このころの合唱部は男性3人(いずれも私たちの同級生)、男声が足りないので女声も男性役をして楽しそうに歌っていたのも印象的でした。クラスメイトのHさんは主役的な男性役を演じ、最後には美しい手古那に抱きつくようなシーンがあり、当時の聴衆である高校生を「アッ」といわせたものでした。こうして合唱部が一般高校生の目を惹くことが先生の意図するところであったらしいのです。その成果あってかこのあと合唱部には男性が何人かは入り、2月頃入部した私も含めて男性7人というめずらしい学年になったのです。ただ、私の入部はこの学園祭にはあまり関係なかったようです。記憶はおぼろげなのですが、この若い先生に近づきたいというのが一番の動機であったように思います。
 私たちの学年は合唱としてはめずらしく男声7人と女声より多かったのです。だから時には男声合唱を楽しみました。あのころの古い音楽室の南側にはやはり木造の古い校舎がありました。この校舎の階段の踊り場に行って男声合唱をするとよく響いて気持ちがよかったのです。唱った曲はあの有名な「いざ起て戦人よ」やデューク・エイセスの「日本のうた」、ジョーンズ「希望の島」といったところ。こんなところで男声の響きを体験して、男声合唱へのあこがれが始まったのかもしれません。
 私にとってはわずか1年の経験でしたが、とにかくこのころの合唱は楽しく、全く「歌うことが楽しい」という感じの活動でした。このころのメンバーの歌っている姿は、はた目にも本当に楽しそうに見えたそうです。「コンクールに向けてガリガリと」なんていう合唱でなく、とにかく歌うことを楽しむ、そんな活動は合唱としては未熟だったのでしょうが、ただただ楽しい思い出です。特定の方向に凝り固まることなく、のびのびと音楽を楽しむというよい方向に導いていただいたのかもしれません。
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N先生を囲む会

 以前も書きましたように、高校時代に音楽を教えていただいた先生が今春、退職を迎えられました。これを機にと、「N先生を囲む会」が昨日開催されました。
 先生は大学を卒業されまず赴任されたのが私たちの学校でした。今回の企画はこの私たちの母校の吹奏楽部と合唱部のOBによるものでした。会はスライドを交えた先生の略歴の紹介や歓談の後、吹奏楽と合唱をサンドイッチにして次々と音楽を楽しむものでした。懐かしさに歓談も話の花が咲いているのですが、そこはみな音楽好き、音楽が始まるとスッと聴き入るのです。吹奏楽に音量負けする合唱ですが、それはそれで余計に聴くことに集中していただき、音楽もたっぷり楽しんだ素晴らしい会になりました。
 以前にも書きました男声合唱もここで披露したのですが、女性陣からは「懐かしかったー。」と嬉しいことばをいただきました。予定していた4曲に加え、県外から参加したOBが「これやったよなー。」と人数分の楽譜を持参しこわごわと歌った曲も含め、久しぶりの男声も何とか無難にこなせたようです。
 混声はア・カペラの小曲ばかり4曲、「よろこびの歌」・「ともに手をとり」・「夏の夕べ」・「汽車ポッポ」です。高校時代の友人達はどうやら大学時代の合唱団員より歌う力ははるかに上のようです。これらの曲の聴き手は吹奏楽の人だけになってしまったのですが、よく聴いていただき、歌っている私たちも嬉しくなるようでした。
 最後には先生がピアノの上手な教え子とチェロとピアノの合奏を聴かせてくれました。宮崎アニメの数曲、実に息がピッタリの素晴らしいハーモニーでした。先生と教え子の強い信頼が生み出すハーモニーでしょうね。アンコールはカザルスの「鳥の歌」を聴かせてくれました。カザルスはこの曲をうなりながら弾いていましたよね。先生もこの曲への想いは相当なものらしく、お母さんのお墓の前でもこの曲を弾いたんだと話してくれました。
 先生を慕って集まった80人ほどのOB、「女房に『あなたは世界一しあわせだ』といわれて来た」そうですが、私たちもまた「素晴らしい先生に巡り会えたんだなー。」と改めて知らされた会でした。

雨上がり

昨日の雨が今朝起きたら上がっていました。

雨上がりの山というのは、重なって見える尾根の間に霧がかかり、私の好きな風景です。短時間のうちに霧が上がり、こんな光景が見られるのもわずかな時間です。
雨上がりの朝
同時に日の出の方向を撮ってみました。今朝6時の風景です。
雨上がりの日の出

「今様」

通勤途上の車の中で久しぶりに今様(混声合唱)をききました。私たちが分離唱の合唱で唱った録音です。弦を張ったような緊張感のあるユニゾンではじまり、そこからハーモニーに音が広がっていくこの曲は独特のおもむきがあります。平城の盆地に立ち、周囲を見渡すとゆったりとした奈良の山々が春霞の中に見わたせる、花の季節には山肌に桜が咲き誇る、そんな万葉でもうたわれている古代の大和の風景が思い浮かびます。

今となっては時すでに遅いのでしょうが、君が代論議がありました。「君が代が国歌としてふさわしいかどうか」、というものです。君が代で歌われている世界が国歌としてはどうかと疑問があるところですが、ではどうするか。「新しい国歌をつくる」とか、「『さくらさくら』を国歌にする」というい主張もありましたね。そんなことを聞きながらかつて私が思ったのは、「『今様』こそ国歌にどうだろうか」ということでした。曲の優雅さ、日本古謡独特の旋律、古代日本を代表する大和の風景、こんな日本的な要素にあふれた「『今様』こそ国歌にふさわしい」と思ったものです。

    はるのやよいの あけぼのに
よものやまべを みわたせば
はなざかりかも しらくもの
かからぬみねこそ なかりけれ

 ア・カペラのハーモニーの中で唱うこの曲、印象深いですね。

今年のすすき

今年もすすきを撮りました。先週の自然農の会の場所で撮ったものです。すすきの穂が白銀色のこの写真がベスト・ショットでした。

川を挟んでこちら側は自然農、向こう側は通常農法の田んぼが広がっています。このすすきはこちら側、耕しきれない土地にはこんなふうにすすきが繁っています。
すすき07

特集 “野の花”のごとく (その10)

   「聞いてきいて・・・・・・」
 増田さんが高二のころだったか、森山先生の担当する音楽の授業が、急にようすがいままでとはちがったものになったことがあった。それからである。森山先生の「聞いてきいて-」がはじまったのは。
 森山三郎氏という人は、分離唱への情熱のカタマリみたいな人だということである。南高OBの合唱が美しく育ったというのも、森山氏の指導力と人柄によるものであった。
 もっとこまかくいうと、前に紹介した田島義久さんの力も彼らを育てるのに大きい力となっているのだ。佐々木氏も増田さんも、この田島さんを、すはらしい音楽的な耳のもちぬしだ、と評する。この田島さんは山形市のトヨタ自動車に勤めるかたわら、森山先生といっしょに、OBの育成指導にあたっている人だ。
 さて、森山先生には音楽教育者としての、強い信条がある。
 -情操教育のなんのと音楽が引きあいにだされるが、情操教育のために音楽を手段にするというのは、話が逆である。正しい音楽教育が正しく行なわれて、はじめて真の情操が育ちうるものだ、ということだ。
 だから、教育者としての森山氏は、正しいとおもう音楽教育に関しては、積極的に行動に移した。佐々木基之氏との出合い。その後の教室での、森山氏の心境の変化。それらはこういう森山氏の情熱の端的なあらわれの一例でもあろう。
 山形南高OB合唱団の生いたちを物語るには、この二人の出合いも決して無関係なことではなさそうだ。なぜといって、この出合いがあったればこそ、みちのくの彼方に、かくも美しい野の花が開く結果にもなったのだから。

順位のない運動会

 今年も知り合いの「いさお君」が、「順位のない運動会」というブログ記事を書いています。昨年は「順位をつけない」ということばに惹かれましたが、今年はその運動会がどのようなものか具体的に紹介しています。読んでみませんか。
        http://isaokunn.at.webry.info/200710/article_1.html
 私はこんな運動会が「いいな」、と思ってしまいます。
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自然農学びの会(10月) つづき

田んぼの内容の前に、様々な野菜を見学しおはなしを伺いましたので、少しだけ写真で紹介します。
まずはじめに見せていただいたのはサトイモ、大きく育っていました。茎の根本は人の手首ほどの太さです。
サトイモ
「収穫はもっと寒くなってからですが、ひとつ掘ってみましょう。」といって1株掘り出して見せてくれました。まず根本から茎を切り取ってしまってからスコップで掘り出し、土を払って見せてくれました。1株に大きな芋がたくさんつき、すこし皮がむけたところからサトイモのみずみずしい白い肌がのぞいていました。
さといも収穫
このあとは長ネギ、ヤーコン、ナス、ブロッコリー、大根、白菜等々たくさんの野菜を見せていただきました。最後に食の中心、稲の収穫(束ね方、ウシの作り方とかけ方など)の実践(茅を使って)でした。

自然農学びの会(10月)

毎月1回のこの会にすべて参加しようというのが今年の一つの目標だったのですが、先月は防災の日・防災訓練のためにとうとう休んでしまいました。今日がその日だったのですが、1ヶ月あいてしまうとずいぶん久しぶりな感じがします。

行く前から思っていたのは、「稲はどんなだろう」ということでした。7月の会で田植えを見せていただき、その時はこれから田植えだと云っていたくらいですから、稲の背丈などもずいぶん低いのかもしれないと思っていました。自然農法田は普通の水田のように実によくそろって黄金色になっているわけではありません。場所によって生育の度合いにずいぶん差がありました。しかし背丈は十分すぎるくらいに伸びていました。周囲の田んぼではもう収穫もすすんでいますが、自然農法田の稲はまだまだ青く、穂のたれ具合もいま少しのようです。
稲の実り
普通の田んぼとの違いで一番驚くのは、稲の下に雑草が見事に茂っていること。ヒエは稲の上まで伸び、しっかり穂を実らせています。子どもの頃ヒエとりで田んぼの中を押し歩いた者にとっては、ヒエが穂をつけるなんて恐ろしいことというイメージが定着しています。そこで恥ずかしながら、「ヒエが穂が出ていても気にしないんですか?」とこの会の世話役の方に聞いてみました。その答えは「うん、稲のじゃまにならない分にはかまわないんだよ。」とのことでした。

今日は稲刈りの実演はありませんでしたが、麦蒔きがありました。下に雑草が茂っている稲の上から麦の種を振りまくのです。「下草が刈ってあると種が跳ね返ってしまい十分に着地しない、だから草は刈ってない方がいい。種まきをしたあと草刈りをする。」とのことでした。収穫前の稲の上から麦をまく、福岡(正信)先生の世界だななんてぼんやり思いながら見学していました。