よしきり
よしきり
あおい芦原 よしきりが鳴く
きりりきりり よしきりが鳴く
夏の暑さに そよ風吹いて
岸の浜荻 よしきりが鳴く
私はこの曲が好きだ。暑い夏の水辺の涼やかさを感じてしまう。暑さの中を突き抜けるような空の青さ、突き抜けるような涼やかさを感じる。そしてこの曲を感じるためには、澄んだハーモニーが必要だ。
ピアノ
先生の練習にはよくピアノのお弟子さんが一緒にみえた。そして練習の合間にお弟子さんのピアノを聞かせてくれた。3音くらいを与えて即興的に弾くように指示され、お弟子さんは何度かその3つの音を順繰りに弾いていてそのうちに即興曲に変わっていく、そんな場面がたびたびあった。私はこのようなことがすごいことなのかどうかも知らずに聴いていた。もちろん有名なピアノ曲(私はピアノ曲は知らなかったが)もよく聴かせてくれた。そのお弟子さんたちの演奏がどうなのかもさっぱりわからなかった。私はピアノが好きではないなと、その頃は思っていた。
そんな中で、先生がピアノを弾いてくれたことがある。たしか、山田耕筰の日本の歌曲の伴奏を弾いてくれたのだと思う。先生のピアノはすごい、私にとっては感性に直接響いてくる魂の固まりのようなピアノだった。録音でもいいから聴いてみたいと思うのだが、先生のピアノ録音が残っているという話は聞かない。
青空の下で
またおうひまで
讃美歌は佐々木先生の指導を受けるようになった私たちの合唱団のレパートリーであった。やさしくてハモリやすく美しい曲がいっぱいある。これらの曲は先生がみえるようになってから覚えたものだ。ただし1曲だけそれ以前から団の愛唱歌に入っていた曲がある。「神ともにいまして」だ。「讃美歌の最後はゆっくり伸ばしてハーモニーを感じる」そんな歌い方を当たり前のようにしていたのだが、先生の「神ともにいまして」は最後をスタッカート気味にしてサッと終わる。そんなところにも先生の音楽に新鮮な感動(すこし大げさか)があった。
この曲の中に「また会う日まで」という歌詞がある。それまで「またあうひまで」と唱っていたが、先生は「またおうひまで」と唱いなさいという指示だった。現代の教育を受けた私たちにとってはどう考えても「またあうひまで」なのだが、先生の音楽では「またおうひまで」なのだ。そしてそれを当時の私たちはそのまま受け入れた。このあたりからも、団員の先生への信頼の度合いがわかってもらえるのではないか。もう音楽的には、先生は絶対的存在だった。
手書きの楽譜
団の中には楽譜係がいた。市販されている楽譜については団員個々が購入すればいいのだが、そうでない楽譜は楽譜係が印刷してみんなに配布する。私が入団した頃の手製の楽譜はまだガリ版刷りだった。ガリ版を知っている人ももう少なくなってしまっただろう。ロウで繊維の隙間を埋めてしまった原紙を細かいヤスリの上に載せ、上から鉄筆で書くとその部分だけロウがとれる。わら半紙の上に枠に固定した原紙をあて、その上からインクをまんべんなく付けたローラーを程良く力を加えながら転がすと、鉄筆で書いた部分だけインクが通り抜け印刷ができる。今思えば原始的な印刷だ。鉄筆で強く書きすぎると破けてしまうし、弱すぎるとよく写らない。微妙な力加減が難しかった。私が入団した頃の楽譜はこうして印刷されたのだが、よくきれいに印刷されて見事なものだった。私は楽譜係を担当したことはないが、若干はガリ版で楽譜を起こしたことがある。楽譜のガリ版起こしは特に難しい、五線譜を定規でひいているとすぐにそこで原紙が切れてしまう。一度やってみると、楽譜係の人の苦労がよくわかった。
楽譜に限らず、総会の資料や機関誌など団で配布する様々な印刷物はガリ版で印刷されていたので、部室にはガリ版起こしのためのヤスリ・鉄筆・原紙、それから謄写版のセットがそろえられていた。
佐々木先生が指導にみえるようになって、先生は市販されていない先生独自の編曲を次々ともってきた。何しろ譜読みが早く、「ではこれをやってみよう」というような調子ですすむのだから、当時の楽譜係は大変だったろう。幸いこの年からは大学の事務室にオフセット印刷の新しい機械がはいり、合唱団にはこれを使わせてくれた。大学の入学式・卒業式には、儀式の中で学生歌や卒業送別の決まった歌があり、合唱団がこれを唱っていた。数人でピアノを取り囲み、2階の練習室から階段を下ろしてトラックに積み込む。体育館への設置と、また練習室に戻すことまで全部が男性団員の仕事である。このようなことから、合唱団にだけは印刷機の使用の許可が下りていたようだ。
先生の編曲は先生自身が五線譜に書いたものだが、なかなかきれいに書かれていて、手書きではあるが見やすい楽譜だった。また、印刷機が新しいこともあり、私たちは鮮明な楽譜を手にすることができた。当時の楽譜係の方は新しい印刷機を回しながらこれから唱う楽譜をいち早くながめ、心弾ませていたそうだ。
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