月別アーカイブ: 2017年3月

蓬莱橋

静岡県島田市:蓬莱橋に行ってきました。大井川に架かる橋。ここは世界一長い木造の歩道橋としてギネスブックに登録されているそうです。

 

蓬莱橋1まだまだ河原は枯れ野原ですが、橋の袂には菜の花が彩りを添えていました。こういう所に来るとやっぱり渡ってみたくなります。幅2.4m、長さ約900m、さすがに長い!


蓬莱橋2対岸に着いて坂を少し上がると橋全体を展望できる場所があります。対岸の町が島田市、こうやって眺めると長さが実感できます。

 

蓬莱橋3引き返して下から見上げてみました。

作られたのは明治12年、武士の時代ではなかったですね。茶畑を開梱した人たちが島田の町との行き来にと建造したのだそうです。

時代劇に登場しそうでもあり、またちょっと前の朝ドラでもロケに使われたのではないでしょうか。ヒロインがこの上を駆けるシーンがあったような・・・・。一つ前の時代の風情を残す橋ですね、ゆっくりさせていただきました。

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御幸路ウォーク

御幸路ウォークがありました。今年に入ってからシリーズで毎月実施されているのですが今回はその3回目、私は初参加です。

御幸路ウォーク(3)_01集合場所は中央本線の春日居町駅。ここは駅前のロータリーで、円形の屋根は一般開放の足湯のものです。今回も快晴、軽いストレッチをして出発です。


御幸路ウォーク(3)_02しばらくは線路沿いを石和方面に向かって歩きます。

御幸路ウォーク(3)_03ここは果樹地帯、コース沿いには桃畑がひろがります。桃の木の下草が青々としてきました。私たちの北杜よりも大分温かいようです。


御幸路ウォーク(3)_04立派な藏の家がありました。

御幸路ウォーク(3)_05見上げると、これは立派な鬼瓦。

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加茂春日神社。二社が併置、奉られているのだそうです。


御幸路ウォーク(3)_08この境内にある灯籠、やかんや湯飲みなどユニークなものが彫り込まれていました。

御幸路ウォーク(3)_09ここは温泉の町、道路沿いに温泉スタンドかなと思われる設備が見えたりします。その温泉を生かしてか鯉の産地(養殖地)としても知られています。道路脇の水路や池にこのように錦鯉や黒い鯉も度々見ることができました。


御幸路ウォーク(3)_10民家の入り口の白壁にこんなアクセサリーがありました。デザインされた黒い金属板と白壁に映る影、こういうのっていいなあ~。

御幸路ウォーク(3)_11長慶寺境内にある笛吹権三郎の墓。この地の伝説・民話の悲劇の主人公です。


御幸路ウォーク(3)_12遠くからも見える高層の温泉ホテル。

御幸路ウォーク(3)_13そのホテルの南側、水路と平行している道路です。


御幸路ウォーク(3)_14その道路脇にこんなタンポポを見つけました。初めてみる種類です。

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温泉通りに入ったところに桜が咲いていました。左は河津桜でしょうか、そして白い八重桜も咲き始めていました。

 


御幸路ウォーク(3)_17その温泉通り、こんな水路を挟んで左右に桜並木と歩道、そして車道。この通りの両側に温泉ホテルが並んでいます。今回はこの歩道に座り込んでの昼食でした。トイレも近くのホテルで利用させてくれました。この温泉街では散策している人にトイレを提供するサービスを申し合わせているのだそうです。


御幸路ウォーク(3)_18民家の庭の一角のような場所に小さなお宮がありました。高倉宮です。高倉という社名は皇族の関係からつけられたという説もあり、棟には菊の紋章が施されています。

御幸路ウォーク(3)_19こちらは甲斐奈神社。武田神社、浅間神社よりもずっと古く、このウォーキングのシリーズ一回目に訪問した一宮の甲斐奈神社と

「古いのはこちら。」

と、争っているとか(笑)。


御幸路ウォーク(3)_20柿畑も度々目にしました。峡東地方は枯露柿の産地、ですから百目柿の木でしょうか。剪定されて樹形が独特です。

御幸路ウォーク(3)_21寺本廃寺跡にあるかつてあったと言われる塔の心礎。この柱の大きさから判断すると相当な大きさの塔が建っていたのだそうです。

御幸路ウォーク(3)_22ゴールの春日居町駅が見えてきました。踏切からカメラを向けると「停車?」の掲示板、このローカル駅は普通列車も停車しない場合があり、列車の運転手さんに注意を促す掲示板のようです。

予定よりも1時間以上も早くの到着、それではと有志3人で隣の石和駅まで歩いてしまいました。朝は冷たい風が吹いていたのですがその風も徐々におさまり、小春日和のウォーキングを楽しむことができました。

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第21回さらりと音楽談義

21th音楽談義

第21回さらりと音楽談義 ~モチーフ:音楽への支援~

開始時間に10分ほど遅れてしまったのですが、集まりが若いためかまだ始まっていませんでした。ラッキー!これからは手作りのスウィーツも用意していただけることになったとか、前回に引き続き料理家の方の甘酒のケーキ、砂糖は使わずにさらにイチジク・レーズン・チェリーのドライフルーツも加えたオリジナルなもの、それからもう一方の手作りケーキ、イチゴと珈琲、贅沢ですね。
さて、音楽談義の始まりです。司会のKさんの歌で始まりました。

♪ ようこそ、音楽談義へ・・・・ ♪

と、会の導入から藤原先生の紹介まで歌ってしまいました。

まずは先生からおはなし、

この町(南アルプス市旧白根町)にはパイプオルガンがある。それはどうやらふるさと創生資金を活用したもののようです。「オルガンは設置したが稼働率が・・・・?」というわけで現在は市の主催でオルガン教室も行われ、その予算は年300万円にのぼるとのこと。あの時代、立派なホールがあちこちの自治体に建設されましたが、それを生かすことができるかどうかはまた別の問題。近隣のホールにうかがうと催し物が大変少なかったりで、音楽の支援というのは本当に難しい。ホールに高いピアノを購入したが、高い金で買ったから大事にしてあまり使わせないなんていうこともある。本当は弾いてもらってピアノを良好な状態に維持すべきなのだが・・・・。

更に、「企業にも音楽に支援しているところがある。」ということでそのいくつかを紹介していただきました。

・IBMでは営業と関係のないところに利益の8%を使うという社則があり、音楽・絵画・演劇など文化的なものに支援をしている。
・シャネルは銀座三丁目でコンサートを行ったり、古くはピカソやストラビンスキーを支援してきた。
・音楽家は支援がないとやっていけない、チャイコフスキーやモーツァルトもその時代その地の王の庇護の下で活動していた。
・CoCo一の社長は支援組織をつくり、若い音楽家に奨学金を提供している。
・豊橋に日本アマチュアオーケストラ連盟があるが、ここはトヨタが業績が悪いときも含めてずっと支援している。「トヨタ青少年オーケストラキャンプ」というイベントも開催されている。

このあたりから参加者も含めたトークになりました。

・司会者:Kさんのゆる体操も支援続けていただくことで育ってくるものがある。
・アメリカでは金持ちがお金の使い方をわかっている。広い土地を囲って自慢するのではなく多くの人に開放してその土地を生かす、そんな風土がある。
・我々庶民としてできる支援は入場料を払ってコンサートを聴きに行くこと。ヨーロッパなどではそういう風土があるのでは。でも入場料に見合う満足感が得られるか不安をもってしまう。
・弦楽器のコンサートで、増幅器を使っていてがっかりしたことがある。
・音楽を含めて、自然への回帰が必要。今そうしないと将来が不安。
・イタリア留学のソプラノ歌手が小さい会場で声を張り上げて歌ったことがある。音楽が楽しめなかった。場にそぐわない演奏?→会場を選ぶことも必要。

 先生が以前館長をされていた音楽ホールのはなしがありました。ホール建設時の楽器購入計画は国産ピアノと大太鼓だけ。楽器の選定について行政担当者が無理解であったことなど。アメリカでは音楽学部の学部長が作曲家であると同時にマネジメントの博士号をもっといることもある。両方の知識がなければ音楽のマネジメントはできない。

参加者から、「うちの息子は音楽を聴きながら勉強をしていて、『この方が能率が上がる』というがどうでしょうか?」と大変現実的な質問。先生の回答はおおむね許容的なものでした。アメリカでは物理学学部の寮にスタンウェイのピアノが置かれている例があった。それを物理学の学生が時に弾いている。勉強のために音楽をやめるというのではなく、音楽を含めていろいろなものがその人に幅・奥行きをもたらしてくれる。

音楽療法というのがあるが、どの曲が何(の病気)に効くかというものではなく、自分が弾いたり歌ったりすることこそ音楽療法の真価が発揮されるのではないか。

等々、興味深い話が尽きず十分に伝えることは出来ないのですが、一応書いてみました。参加の皆様、はなしの趣旨・ニュアンスの違うところがありましたらご指摘をお願いします。

最後に先生が「ゆる体操」のためにとヴィオラ・ダ・モーレでみんなが唱える曲を弾いてくれました。

春の小川

早春賦

それから

追憶(映画音楽、私はビング・クロスビーで聴いている曲)
赤いサラファン(これは私がリクエストさせていただきました。)

最後には先生の生の演奏も聴かせていただき、嬉しい一時を過ごさせていただきました。

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分離唱の合唱 in 国分寺(3月)

国分寺の合唱がありました。集まったのは、S:2,A:3,T:4:B:3と少人数。
いつものように始めに分離唱、そして唱った曲目は以下の通りです。

前半

讃美歌

しずけきいのりの
ガリラヤの湖畔
主よこころみ
神ともにいまして
みたまなるきよきかみ
いのちのみことば
しずけきかわの

すすき
よしきり
光のお宮
われは幼く
空しく老いぬ
美しき

休憩時

Adoramus te(男声)
今は若き子( 〃 )
夏の夜の星( 〃 )
茨垣   (女声)
谷間の水車( 〃 )

後半

渓川したいて
遠くのお山
はるかに
雲雀

緑の森よ
祖母の小箱
夏の夕べ

 少人数でしたがはじめからハーモニーを楽しみました。バスには久しぶりに若者が参加、社会人となってからは思うように都合がつかないとのこと、でも幼少からハーモニーに馴染んだこの方がはいってくれるとやっぱりいいですね。男声合唱の「今は若き子」のバリトンパートはこの方のソロ、若者のつやのある声にみんな感心しきりでした。

毎回一つ新しい曲に取り組むということで今回は「祖母の小箱」に初挑戦、私もはじめてです。もちろんはじめは全パートのピアノで音とり、2度ほどピアノと一緒に唱った後はア・カペラで。チャイコフスキーの曲ですが日本的なかおりが漂う曲に感じました。

私の隣で唱っている大先輩のOさんはここの合唱で使う楽譜(讃美歌、先生の合唱曲集等々)をきれいに一つの冊子にまとめたものを見せてくれました。PCに読み取って製本用のページ構成、表紙・目次もつけて折り目のところでホッチキス止めと使いやすい冊子。普通の合唱をしている人などに声をかけて、来てくれた方に使ってもらおうと数部用意したのだそうです。すごい情熱です。

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「風のヒルクライム」

風のヒルクライム風のヒルクライム
ぼくらの自転車ロードレース
加部鈴子
岩崎書店

13歳の誕生日に父からロードバイクをプレゼントされた涼太。経験も少ないまま笠城山クライムレースにのぞむ。父は医者で単身赴任、父への複雑な思いもいだきつつ父子での参加。でも、父は早々に先に行ってしまう。ロードレースに打ち込んでいる同級生、かつて父の下で入院していた女子中学生、ママチャリで参加の高校生、さらにはボランティアまで含めていろいろな人物からこのヒルクライムレースを描きだします。

細いタイヤのロードバイクを目にすることも多くなりました。そんな愛好者の増加がこの小説誕生のもとになっているのでしょうか。「笠城山クライムレース」そんな名前のレースが本当にあるのかなと思ってネットで検索してみると、「まえばし赤城山ヒルクライム」このあたりから名前をとってきたのかな。今は何とたくさんのクライムレースがあるのでしょうか。中にはHCS韮崎甘利山なんていう私たちのすぐ近くの大会もあったんですね。

七賢蔵開きウォーク

標記ウォーキングイベントがありました。「七賢」というのは山梨では最も名の売れた酒蔵のブランド、その蔵開きに合わせた毎年恒例のウォーキングなのだそうです。天気予報では雨予報が続いていたのですが、前日になってから山梨だけ雨でなくなりました。どんな天候でも決行とのこと。3年前の大雪の年、70cmの積雪と1週間後の1m超の積雪、その合間に計画していたこのウォーキングさえ実施したのだそうです。ウォーキングへの思い入れは皆さん相当なものです。

 

七賢1

スタート地点は長坂駅で9:15集合。ここから駅の裏口広場に出てまずはストレッチ。

 

 

七賢2線路沿いにしばらく歩くと農業大学校、それを抜けるともうこんな林の中の遊歩道になりました。

 七賢3林を抜けると棚田の沢、また林の中、そんな繰り返しの後は北杜名物の太陽光発電施設(笑)。こんなところにもありました。

七賢4七里が岩を降りると集落がみえてきました。その中にある清泰寺、茅葺きの山門とその先の参道もよい雰囲気、この写真は本堂前庭から山門へのアングルです。

七賢5
境内の梅はまだ開き始め。

七賢6
かやの樹の大木と藤の古木もこの寺の名物です。

七賢7
釜無川を越えて坂を登ると目的地の酒蔵が見えてきました。

七賢8「七賢」の正門はこんな立派な建物。ここで1時間半ほど時間をとって希望者は利き酒、そして敷地内のテントで昼食。近隣の工房いくつかが集まってのクラフト展もありました。

七賢9午後は12:50スタートで国道20号もちょっと歩いてまた七里が岩の上を目指します。登り始めてすぐのところに指折りの富士のビューポイントがありました。ここは花水というところ、でもこの日はあいにく富士は見えず。

七賢10県道からそれてのショートカットの道路はのどかな風景が続きます。道路沿いには学校統合のため廃校になった峡北高校あともありました。全く使われていない学校はまさに廃墟です。

七賢11
終着点:日野春駅には14:20分着。予定より早く14kmを歩き終えました。決して好天とは言えないけれど、雨予報であった割には天候に恵まれてのどかな風景の中を私にとってはこれまでの最長距離のウォーク。疲れより心地よい達成感を味わえました。

リーダー、サブのみなさんありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

「今月の1曲」更新しました(3月6日)

月が変わりましたので、「今月の一曲」を更新しました。

今月は「春がきた」です。
季節の歌、とは思うのですが現実は花粉の季節。私は「春が来た!」と喜んでもいられないのですが・・・・(笑)。

「今月の一曲」
http://susuki.chips.jp/?page_id=5915

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チェリーブロッサム・コンサート

用事で訪れた武川町、ついでにウォーキングをしようと図書館のある施設の駐車場に車を止めふと見るとその玄関に表示がありました。

チェリーブロッサムむかわ
ホームコンサート
~ 歌声に感謝をこめて ~

チェリーブロッサム

好奇心で建物に入ってみると早速に声をかけられました。音楽の先生をしていた私の友人です。今日は彼の指導する合唱団の演奏会だとか。開演時間まで1時間半、そこでウォーキングで時間をつぶしてこのコンサートを聴くことにしました。

第一部 アカペラ&愛唱歌

祈祷
むかわの友
夏の夕べ
はるかな友に
緑の森よ

第二部 男声合唱&女声合唱

わすれな草(女声)
落葉松(女声)
いざたて戦人よ(男声)
いまは若き子(男声)

第三部 素敵な音楽との出会い

琴の演奏     さくらさくら 荒城の月 六椴の調べ
独唱(バリトン) ラルゴ もう飛ぶまいぞこの蝶々
ピアノ連弾    浜辺の歌 かあさんの歌 七つの子
独唱(アルト)  メモリー Con Te Partiro

第四部 チェリーブロッサムむかわ

ひとつの朝
あなたに会えて
シャンテ
旅立つ季節

第一部は知っている曲ばかり。讃美歌「いつくしみふかき」の耳慣れた曲が始まったなと思っていたのですが歌詞が違うのです。讃美歌が改訂されていることは聞いていたので「新しい讃美歌なんだ」と思っていたのですが、よくよく聞いてみるとこの合唱団の地元のためにアレンジした替え歌でした。それから、「はるかな友に」は三部合唱だったかな。

第二部のはじめは女声合唱。その一曲目は私たちが学生時代、佐々木先生がお見えになる前に歌っていた女声合唱、懐かしい曲です。男声合唱の二曲はやっはり学生時代歌った歌。

第三部の2組目はこの合唱団を指導している友人のソロ、ピアノ伴奏とあわせて夫妻による演奏でした。それから4組目は学生時代の後輩(この方も音楽の先生)のゲスト出演。さすが音楽の先生、いろいろなところで活躍しているんですね。

第四部はピアノ伴奏で私の知らない曲ばかり。この合唱団、この日の出演は女性16人、男性4人。こういうふうに男性が極端に少ないというのが多くの合唱団の悩みなのでしょうね。でも少ない男性ものびのびと楽しんで唱っていました。ミニホールではありますが客席もほぼ満席です。それぞれ団員の家族や友人達という感じで家族的ないい雰囲気。団員の中には他にも同級生がいたりと、思わぬ旧交を温めることの出来たコンサートでした。

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