特集 “野の花”のごとく
みちのくのある合唱団の上京まで
あ る プ ロ グ ラ ム
この十二月十一日夜、日本青年館で東北の名も知れぬ一合唱団が演奏会を開く。団員はすべて現在商業、農業に従事、あるいはサラリーマンとして勤めている人びとである。今年ですでに三回目、そのハーモニーの独特の美しさはようやく識者の注目をひきはじめているという。この合唱団の名は山形南高OB合唱団。本号ではこの合唱団が山形から上京して演奏会を開くに至ったその歩みと彼らが持つ音楽の内容にふれてみよう。
楽しい合唱の夕べ
-山形南高OB合唱団発表会-
指揮 佐々木 基之
1955.11.9 PM6:30
於 日本青年館
六年まえの、この表紙の文字は、日にやけて色あせている。二つ折り四ページという、簡単で味もそっけもないお粗末なプログラムにすぎない。
だが、この色あせた表抵の、不器用なゴシック体の文字には、みる人たちにとって、忘れることのできない感激の思い出があった。山形南高校OBの男声合唱が、遠いみちのくからはるばる東京進出を試みた、最初の記念すべき記録なのだ。そして、貴重な体験のきざみこまれたいしぶみでもあった。
いや、碑というより、むしろ礎石(いしずえ)といったほうが彼らにはふさわしい。なぜなら、現に彼らは、みちのくの山形市だけでなく、分身を東京にもつ合唱団として、成長し発展し続けているからだ。そして、わずか二回にすぎない東京での機会なのに、きわだって美しいハーモニーは、すでに定評もある。
そして、さらに第三回目の東京進出を、この十二月十一日に、東京のこの同じステージで試みようとしている。東京には、彼らのかくれたファンも少なくない。このファンたちはこの男声コーラスのもつ、独特の美しいハーモニーを待ちこがれているのだ。コンクールには縁のないこの合唱団の存在は、決して派手なものではない。そういう無欲さと地味な歩みに、ファンたちは親しみをもっている。そして、素朴で、土の匂いさえにおってくるようなこのグループに、心からの声援を惜しまない。その上、これが地方の合唱団かとおもうほどの、おどろくほどの安定したハーモニーに、一回で魅りょうされ、そのとりこになってしまうのだ。六年まえのプログラム。それは碑という過去のものではなく、礎石としての価値を、彼らは作りあげてしまった。そうおもうとき、その文字からは、ほのぼのとした素朴な人の心と、土の匂いがただよってくるのを感じるのだ。そして、そこには、強い勇気と、高い誇りとが感じとられるのだ。
彼らの物語をはじめるまえに、第一回発表会の、その色あせた、だが貴重なページをめくってみることにしよう。
(14.5k CT)