母校合唱団同窓会が行われました。場所は甲府市内のホテル、法事のため遅れた私は二次会からと思っていたのですが、行ってみると近況報告の真最中。一年ぶりの再会でそれぞれが話し始めるともう止まらない?
大幅に遅れて移動した二次会は、例によってカラオケルームで2時間以上唱い放題です。係の方が気を利かせてカラオケの音は切ってあったのですが、
「すみません、画像もとめてください。」
そうです、防音設備の整った部屋さえあればいいんですよ。唱いはじめは久しぶりの合唱の響きに感激。しかしね、すぐに耳が慣れてきて生まれてくる響きにはウーン・・・・。何十年とほったらかしていた私たちの耳の現実です。今年もやっぱり
「ハモる同窓会」
ではなく、
「唱う同窓会」
でした(笑)。
来年のOB会は学生時代に合宿した河口湖の近くでやるとか。その過程での会話、
「ねえねえ、合宿をしたお寺、何て言ったっけ?」
「”じょうざいじ”だよ。」
「”じょうざいじ”ってまだあるの?」
「そりゃー、あるよ」
「本当?」
「そりゃーそうさ、常在寺だもん」
小話でした。(笑)
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同窓会(その2)
私達OBの集まりのために作成した合唱曲集です。この表紙、いかがですか。真ん中に載せられたこけしの絵、懐かしい人もおられるでしょうね。私達は「フォーレのレクイエム」学年なんですよ。そしてこの年、先生からいただいた年賀状からここに取り込んでみました。何気なく小さいこけしの絵を見てきたのですが、こうして拡大して取り込んでみると大きい方のこけしには「寿」、小さい方のこけしにはこの年の干支の「竜」の字が書き込まれていました。小さい絵の中にも先生の細やかなこだわりがあったことを改めて発見しました。

多少の記憶間違いもあるでしょうが、今回の集まりで唱った曲を紹介します。こんなものでも同窓会の雰囲気が少しは伝えられるかもしれませんね。
さくらさくら
今様
荒城の月
すすき
山河抄
背くらべ
赤い靴
汽車ポッポ
よしきり
光のお宮
われは幼く
洗濯ばあさん
はるかに
平城山
三匹の蜂
霜のあした
君を去りて
夏の夕べ
草原の別れ
主よこころみ
ガリラヤの湖畔
ナルドのつぼ
神ともにいまして
みたまなる
しずけきかわの
むくいをのぞまで
こころの緒琴に
夜はふけわたりぬ
私達の団体は混声合唱団でしたので唱うのはほとんど混声曲ですが、余興で少しだけ男声合唱にも挑戦しました。
Adoramusu te
雨
Stendchen
進めわが同胞よ
Aura Lee
夏の夜の星
やはり、学生時代にあまり唱ってない男声合唱には混声以上に難がありました。そんなわけで最後にはやっぱり讃美歌「夜はふけわたりぬ」を唱って終わったのでした。
同窓会
今年も母校(?)梨大合唱団同窓会にいってきました。私達の学年だけの集まりが、昨年から前後3学年合同の同窓会になりました。集まったのは総勢22名、佐々木先生が山梨に見えた年の団員のほぼ半数です。会場は甲府市内のホテル、宿泊の人と日帰りの人がいます。
私は早めに行こうと思ったのですが、突然の急用で会場に着いたのは午後5時過ぎ。まず集まる場所は男性が宿泊する畳の大部屋です。私ではなく(笑)、私の持って行く楽譜を皆さん待ちかまえていました。楽譜の整理が終わったら6時まであとわずか、それでも早速合唱が始まります。讃美歌を3曲ほど唱いました。
6時からは宴会室に移動して各自の近況報告がありました。毎年出席している人の1年間の近況、卒業以来初めて再会した人の三十数年分の報告等々を楽しく聞きました。
8時半頃からカラオケルームに移動し、例によってカラオケ装置には壁の花になっていただき合唱が始まります。宿泊ルームに電子ピアノを忘れてきてしまって音叉で音をとって歌い始めたのですが、ちょっと・・・・。すぐに取りに行って改めて分離唱からスタートです。分離唱の威力、やっぱりハーモニーがよくなりますね。久しぶりに歌う人たちがいきなり合唱なんて無謀でした。それから約3時間、ほとんどお酒も飲まずに歌い続けです。最後の讃美歌なんてかつてのハーモニーの味わいをちょっぴり取り戻せたかな。かつての録音魔で今回記録に徹してしまったSさん、「いいよ、いいよ」の連発でした。
カラオケルームが終わると日帰りの方たちが帰られ、宿泊組は宿泊室に戻って酒を酌み交わしながらの語らいの時間が、長い人は夜の白むまでだったそうです。
思い出すとおもしろいこと、近況報告の中で遅れてくる人のことを、「○○さんは9時までにはくるそうです。合唱には出られるそうです。」と、本番は宴会ではなくその後の唱う時間であるかのような言葉でした。
男声合唱
小演奏会ではまた、男声合唱も2~3曲ほど唱った。混声合唱団の私たちは、普段は全く男声合唱はしなかった。小演奏会に向けてこの時期の夜、男声だけが練習室に集まって練習する。唱った曲は
いざたて戦人よ
進め我が同胞よ
多田武彦「柳川風俗詩」、「雨」
などといったものだった。 この時期の私たちは南高OBの古い録音は知らないし、南高OBの合唱曲集も手に入れていなかった。宝の山のような南高OBの曲集を手にすると、男声四重唱にしてもそうだが「当時山形南高のやさしくハモリやすい曲をたくさん知っていれば唱ったのに」と残念でならない。
私たちのカルテット
学年がすすんで、私たちの周囲でもカルテットをやろうということになった。同級生三人に声の出るテナーの後輩を加えて唱いだした。この頃市販されていた黒人霊歌の男声合唱の楽譜から何曲かを選んで唱ったが、その他にメンバーの後輩がもってきた曲があった。
雪が降ってきた ほんの少しだけれど
私の胸の中に 積もりそうな雪だった
幸せをなくした 黒い心の中に
冷たくさびしい 白い手が忍び寄る
雪が融けてきた ほんの少しだけれど
私の胸の中に 残りそうな雪だった
灰色の雲が 私に教えてくれた
明るい陽射しが すぐそこに来ていると
という曲。この後輩は、この曲を本当に唱いたかったのだろう。「これ、唱いましょう。」と持ってきたのだった。こうしてしばらくの期間、夜練習室に集まって唱っていた。たまたまこのときの練習録音がカセットテープに1本残っている。今聴くと、私以外はなかなか歌の上手な人たちだ。同級生の友人が中心になって練習をすすめるのだが、かなり真正面からハモろうと奮闘しているのが録音から伝わってくる。山形から送られてきた男声四重唱の録音のお返しとしては役不足であったが、わたしたちもこんなことをしていたという気持ちで山形の知人に送ってみた。しばらくして、以下のような過分なお褒めの言葉をいただいた。
昨日MDが届き、早速、今日聞いてみました。
艶のある声で若々しさが溢れ出ているのが良く分かります。
皆、合唱の醍醐味に浸りたいと願って情熱を燃やしているのが良く分かります。
特に、本人達が気付いているかどうか分かりせんが、CDの最初の部分で聴きあって歌おうとしている時はきれいなハーモニーが出ています。
私たちの四重唱の録音は山形のそれには及びもつかないが、私たちの音楽に浸っていた頃の痕跡ではある。
私たちのまわりの男声四重唱
学生時代、私たちの団体では毎年のように男声カルテットを楽しむグループができた。急造カルテットは7月の小演奏会(部内発表会)でその歌声を披露する。先輩達はグループ名を「キッス・オブ・ファイアー」なんてつけてコマーシャルソングを楽しんでいた。記憶に残っているのはこんな曲だ(記憶はかなり怪しい)。
コカ・コーラ
君と二人して はこぶ新世界
コカ・コーラ
光と戯れて 心がおどる
コカ・コーラ
サントリー・レッド
ひとりぼっちじゃダメダメ
二人きりでも まだまだ
三人四人と仲間が増えて
いつものレッドで幕が開く
おー サントリー・レッド サントリー・レッド
サントリー・レッド サントリー・レッド
エイエイエイ レッドレッドレド サントリー・レッド レッド・サントリー・レッド
レッドレッドレド サントリー・レッド レッド・サントリー・レッド
そしてブリジストン・タイヤのCMソングもあったが、どんな曲だったか思い出さない・・・・。
こんなテレビでよく耳にしていたCMソングが飛び出すと、みんな大笑いだった。そしてこういうものを聴きながら、「男声カルテットって楽しそうだな」と思っていた。
母校合唱団演奏会(2005.12月)
2005年12月、久しぶりに母校合唱団の定期演奏会を聴いた。コンクール全国大会に出場するほどの合唱団が宮崎駿アニメの曲のメドレーなどを演奏するとなかなか楽しめる。声がよく、洗練した合唱でしばらくは感心して聞き入っていた。しかし演奏がすすむにつれ私の感覚がだんだん変わってきた。十分きれいなハーモニーだと思うのだが、パートごとに音をとっている合唱だと感じはじめた。かなりきれいなハーモニーのようでも聴きあって唱ってきた私たちの合唱と本質的に違う。音楽もよく登山にたとえられる、どんなルートを登っても最後に辿り着く山頂は同じであると。この団体の合唱は、いわゆる合唱の練習方法で音楽の山の高みまでほぼ辿り着いたのだろう。しかしそれは、私たちが登ろうとした山と全く別の音楽の山であることをここで実感した。
この演奏会には私の知っている二人のOB(いずれも先輩)が県外から聴きに来ており、偶然会ったわたしたちは並んで座り一緒聴いていた。演奏会終了後、一人の方はレセプションに参加すべく残ったが、もう一人の方はそのまま帰るというので駅まで自家用車で送った。この方は演奏会に大変満足している様子だった。私は上記の感想を述べたが、この方は「佐々木先生の合唱の下地があって、現在の(素晴らしい)演奏がある。」といった考えであった。この方は私たちより先輩で、佐々木先生の招聘には力を尽くしたが、先生がみえるようになったときには卒業してしまった人だ。分離唱による音感合唱にも理解があり、増田順平さんとも若干の交流があるという。今も情熱を持ち続けている様子がうかがえた。
県内合唱関係者の評価
私たちの合唱団のメンバーの中には、県内の合唱界で有力な高校から入団してきた人もいる。もちろん高校時代も一生懸命活動してきた人達だ。この人達も佐々木先生の音楽に魅せられていった。後から聞いた話しだが、この人達は母校に行っては肩身が狭かったらしい。母校の(有力な)音楽の先生にとって、私たちの合唱は大変不満だったそうだ。いわゆる合唱界の実力を求めていくような価値観で眺めると、私たちの合唱には何の価値も感じなかったようだ。母校に行くと、「あんた達、何やってるの」と厳しい声を投げかけられたという。
ハーモニーというのはどうもなかなか理解されないらしい。音感合唱の世界に入ってしまうと、ハーモニーのない合唱など思いもよらないものになってしまうのだが、多くの人はただ音が重なっていればハーモニーと感じてしまうようだ。そしてきれいなハーモニーを聴いていただいても、その感慨はあまりないようだ。今まで「美しいハーモニー」と思う録音は多くの人に聴いてもらってきた。しかし、私たちがいいとおもってきたハーモニーをなかなか理解してもらえない。
佐々木先生の音楽の世界もまた多くの音楽界の人に理解されていない。それがこの文章の始めに書いたようなことになって現れてくる。もう何度も書いてきたが、先生の指導・指揮のもとで唱っているとそれこそ私たちの感性に響いてくるものがある。そういう私にとって音楽の本質と思えることが、なかなか理解してもらえない。
愛の挨拶
土曜ドラマ「人生はフルコース」を見ている。3回シリーズで、今回はその2回目だった。先週もそうだったが、このドラマのなかでは頻繁にバックでひとつの曲が流れている。この曲も私が卒業後ではあるが先生がフルートと合唱を組み合わせた編曲をして、合唱団で唱った曲だ。だからこの曲もまた私は合唱で覚えたものだ。ドラマの中で聴きながら、「あ、これもかつて合唱で聴いた曲だ」と思う。名前も知らないこの曲について資料を紐解いてみると、この曲はエルガー作曲の「愛の挨拶」とある。
この曲を唱ったのは1982年の定期演奏会及び東京公演。この年は先生の幼い娘さんのフルートやクラリネットと一緒に唱った「愛の挨拶」「サラバンド」、同じく娘さんのピアノと共演した「ラシーヌ讃歌」、チェリストのお弟子さんと共演した「G線上のアリア」など楽器とともに唱ったステージが特徴的な演奏会だった。定演は、今はもうなくなってしまった県民会館大ホールの前方右側に座って聴いたが、すぐ後ろに楽器をする人が座り、聴いているあいだずっと楽器の技術的なことをあれこれと話していた。演奏会をそんな聴き方をしてもしようがないのにとの思いと、大変なところに座ってしまったという苦い思い出の演奏会だった。(私自身は楽器との共演の合唱を楽しんでいましたよ。)
A男声合唱団
私たちの大学で声楽を教えていた先生が、退職後自宅で男声合唱を指導されていた。誕生間もないこの男声合唱団には私たちの団体の団員も数多く参加していた。私も学生時代の一時期参加していたが、多田武彦の「柳川風俗詩」や「富士山」などの組曲を中心に唱っていた。ここの先生は温厚な方で、この団体の団員から尊敬されていた。ところが、なぜか佐々木先生のこととなると不快感をあらわにする。ある時、購入したばかりの大学合唱団東京公演のLPレコードを脇に抱えてこの練習に参加したことがある。練習が始まる前であったので、その部屋のオーディオ装置でかけてみようということになった。ところがLPの演奏が始まると、この先生はまた佐々木先生への不快感をあらわにしていろいろな話をされた。演奏会のアンコールの仕方など、全てにわたって気に入らないらしい。私はこの先生の人柄には魅力を感じていたが、佐々木先生の音楽はそれ以上に魅力的な存在だった。このレコードでの件以来、わたしはこの団体に足が向かなくなった。