肩から腕にかけたしびれのための自然形体高幡不動通いも本日最終回(の予定)を終えました。お陰で、ハンドルを握っていられないほどのしびれが嘘のようにひき、全快状態となりました。
終わった後は八王子に回って分離唱繋がりのOさんから手料理をいただいてきました。

帰宅して広げてみるとびっくり、皿に盛りつけるとこれはまるでおせち料理でした。わが家に眠っている少しばかりの日本酒をかき集めての楽しい夕食となりました。佐々木先生と○大合唱団の橋渡しをしたOさん、永らくおつきあいがなかったのですが「森の音楽会」のご縁で今もこうして大事な繋がりを保たせていただいています。
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合唱団同窓会(その2)

合唱が終わったところで宿泊の部屋に戻り、お酒とお喋りの時間となりました。一時間ほどまわりの人と歓談したころ、幹事さんの一声で参加者それぞれの近況報告が始まりました。それぞれの思いがあり長くなる人、昨年話したことは言わないと気遣いを見せる人と様々ですね。話の内容も仕事のこと、学校のこと(女性は教員が多いですからね)、退職後のこと、健康上のこと、家族のこと、中にはリクルート活動の話をした人もいました。この日の合唱がなかなかよかったものですから、酒の力を借りて少々気が大きくなった人も・・・・(笑)。そんなことで楽しいおしゃべりの時間もあっという間に午前様、でもかつてのように夜を徹して話すなんていう豪傑はいなくなりましたね。健康第一、かな。とはいっても就寝は午前1時頃だったでしょうか。
翌朝5:30、先輩のAさんが起きて着替えている音で目が覚めました。見るともうすっかり着替えています。
「もう帰るんですか?」
「そうじゃないけど、この時間目が覚めるともう眠れないんだよね。散歩に行ってくるよ。」

それではとお伴することにしました。私のいつものウォーキングは6時過ぎですから、この日のスタート時間は新記録です。民宿から常在寺の境内、河口湖畔に出て遊歩道を、それから富士ビューホテルの敷地内を一巡りして戻って1時間。この先輩は分離唱による合唱指導を長年続けている方です。昨夜も聞いたのですが、ここでも先輩の合唱への熱い思いを語ってくれました。大学卒業後分離唱の合唱を広めたい一心で活動してきたのだそうです。私たちが卒業後友人と一緒に聴きに行った佐々木先生指揮、梨大合唱団の御殿場公演もこの方が中心になって招聘し、裏方もされたのだそうです。大変なご苦労だったようです。
「御殿場公演の録音ってないんですか?」
「それが、録音はしなかったんだよね。」
と言うわけで長年気になっていた録音へののぞみは絶たれましたが、先輩の指導する合唱を聴かせていただくという新たな希望が出てきました。散策から戻ってみると宿泊室で寝ているのは一人だけ、しかし誰もいません。同宿の方々も私たちと同じように朝食前にこの懐かしの地の散策に出かけたようです。やがて皆さんが戻ってもうすぐ朝食と言うときやっぱり唱いましたよ、男声合唱の「すすき」。唱えるときには唱わなくっちゃね。
合唱団同窓会
梨大合唱団の同窓会がありました。
私たちの前後3学年の会となって4年目、年1回の恒例の集まりです。場所は学生時代に夏合宿をした寺のすぐ隣の民宿、ここはちょっとした音楽ホールがあり音楽団体が合宿にも利用するところで今も合唱活動をしているSさんの推薦でこの場所が決まったのです。学生時代の夏合宿は決まって9月1日~8日の7泊8日、炊事も自分たちでして大変思い出深いお寺「常在寺」。そのすぐ隣での会でしたので多くの参加を期待していたのですがむずかしいものですね。都合のつかない人も多く集まったのは17人、でも各パートがバランス好く集まり合唱には十分でした。
集合時間は4:30でしたが今年は早めに到着しました。私より早く到着した車が3台ありましたが民宿には不在、私も荷を下ろしてすぐに散策、40分ほどのウォーキングでした。参加者それぞれが私同様に集合時間までの時間は懐かしの常在寺とその周辺を散策していたようです。
民宿に戻ると人も徐々に集まり始め、久しぶりの再会に懐かしい会話が弾みましたが、楽譜を配り夕飯(宴会)30分ほど前になると唱い始めました。まずは
「さくらさくら」
「今様」
「荒城の月」
といったところだったかな。しかし久しぶりの合唱はそれはそれは大変、耳などどこかに行ってしまっているようです。2曲ほど唱った後、「ホールに行けばピアノがあるよ、そこへ行こう」、わずかな時間ではありましたがそちらへ移動して分離唱から始めました。そしてその効果は絶大、なかなかいい雰囲気になってきました。でもすぐに夕飯の時間になり会食の場へ移動しました。
今なお分離唱の合唱を意欲的に指導しておられるSさん、今回は都合で夜のうちに帰るとのこと。そこで「夕食時にはお酒は控えてあとの合唱が終わってから飲みましょう。」などとは言っていたのですが、でも座ってしまってビールが出てしまうともう宴会モードに入りそうになってしまいます。しかしこのSさんのテーブル(3つのテーブルを囲んでの会食でした)は食事を早々に切り上げセルフサービスの片付けも済ませてまたホールへ移動してしまいました。それに促されて他のテーブルでも会食を終え、全員がホールにそろったのは7:30頃だったでしょうか。
さて、ここからが合唱の時間。音楽サークルの練習用ホールは響きもよく、ここでは単に唱って楽しむだけでなく半ば練習のような合唱の時間になりました。唱った曲目はもう順序は忘れてしまいましたが、
「みどりもふかき」
「いつくしみ深き」
「つかれしものは」
「主よこころみ」
「ガリラヤの湖畔」
「ナルドの壺」
「かみともにいまして」
「みたまなるきよきかみ」
「しずけき河の」
「むくいをのぞまで」
「こころの緒琴に」 と、讃美歌。
それから、
「浜辺の歌」
「すすき」
「背くらべ」
「赤い靴」
「汽車ぽっぽ」
「よしきり」
「光のお宮」
「われは幼く」
「埴生の宿」
「平城山」
「緑の森よ」
「はるかな友に」
「青い小鳥」
「夏の夕べ」
間には男声合唱
「Adoramus te」
「夏の夜の星」
「聖なる心にのみ」
「進めわが同胞よ」
「雨」
「雨」は女性にトップテナーを1オクターブ低く唱ってもらいましたが、こういう形もなかなかいいものです。
それから山梨ゆかりの小山章三作曲の「山河抄」、それによく似た「千曲川の水上を恋うる唄」の二つの組曲を楽譜なしで唱ってみました。合唱が終わったのは10時頃だったでしょうか。
今回の合唱ではかなり練習に近い形態となり、そのためか幾分唱った曲数は少なかったようです。でもなかなか密度の濃い内容になり、かつての感覚を少し取り戻すことができたようなうれしいものでした。来年は夕食前にもっとたくさん唱えるよう、もっと早く集まろうということになりました。先陣をきって人生の第二ステージに足を踏み入れた人も現れてきたこの集まり、この先どんな展開となるのでしょうか。楽しみです。
五月の合唱
5月8日は国分寺の合唱でした。集まったのは、S2・A3・T2・B2+指導者兼どこでもパートのMさん。予定の人数がそろわないうちから讃美歌を歌い始め増した。
「しずけきいのりの」
人数が少ないながらも最初からなかなかのハーモニーではありませんか。
そうしているうちにメンバーもそろいましたので、改めて分離唱からの練習開始です。そしてもう一度讃美歌を次々と。
「ガリラヤの湖畔」
「神ともにいまして」
「むくいをのぞまで」
「こころの緒琴に」
「ひとたびは死にしみも」
「みたまなるきよきかみ」
なんていうところだったかな。前回は休んでしまいましたが、このところの練習はなかなかの充実で今回は最初からかなりのハーモニーでした。
休憩時間はいつもの通り男声合唱。今回は各パート1人の全くのカルテット、それぞれに力があればいいのでしょうが私たちの力では人数が半分ほどに落ちると響きもいつものようにはいきませんね。
「アドラムス・テ」
「美わしの五月」・・・・(「やっぱり5月ですからね」と)
「夏の夜の星」・・・・(「折角3冊持ってきたんですから、唱わないとなんのために重い思いをしたのかわかりませんよ。」とのおすすめ(?))
と結局いつもの3曲を歌ってしまいました。
休憩を挟んでからは「分離唱からはいる音感合唱曲集」から、
「すすき」
「よしきり」
「讃美歌はハモりやすいけれども日本の曲は・・・・」なんて思ってきたのですが、今日は新鮮な感覚。すすきのハミングの和音の中でソプラノからアルトに受け継がれていくメロディー、きき合って唱えると今までなかなか感じることの出来なかった感覚が味わえます。日本的な情緒の繊細さ、みずみずしさを感じることができました。そしてよしきりも。
さらに最近始めた
「夕の鐘」
「風鈴」
の2曲をピアノで丹念に音を確認しながらすすめました。「風鈴」、この曲は私たちの学生時代は増田順平さん編曲のものを唱ったのですが、この曲集にあるのは佐々木先生編曲のもの。譜読みから間もない曲がこうした練習を重ねてハーモニーが出来ていく過程の中にいること、楽しいものです。
「われは幼く」
練習も時間がすすんでくるとボーっとしてくるのでしょうか、この曲をはじめて唱ったときは何ともとらえどころのない、今日はこの曲は如何ともしがたい感じがしました。しかしそんな曲も指導のMさん、小首を傾けながら「各フレーズの終いにある和音の中で一部のパートが動くところなどをていねいに」といった指示で唱い直すと見違えるように音楽が感じ取れるようになりました。
「光のお宮」
「緑の森よ」
最後に
「Gloria in Excelsis Deo」
「森の教会堂」
で練習を終えました。
練習終了後はしばらくお喋りの時間、でもまた唱い始めましたよ讃美歌を。練習ということではなく次々と唱う合唱、これがまたいいんですよね。で、唱い終わったのは午後6時、楽しいハーモニーの時間でした。
唱い初め
国分寺の合唱がありました。今年の唱い初めです。
今日はS4・A3・T2・B2の構成。
まずは分離唱、この時間は「私自身がどんなだろう」と自分の状態に興味津々、そして今日はまずまず納得のいく滑り出しでした。
そのあとは讃美歌、1曲目は
・しずけきいのりの
だったかな。この合唱団、1曲目にこの曲を唱うことが多いですね。特別な思いがあるのでしょうかね。それから
・こころのおごとに
これはこの合唱団としては新曲ということで譜読みでした。全パートのピアノを聴きながら、まずは全員でソプラノ。続いてアルト、テナー、バスと同様に全員が全てのパートを一度経験しました。そしてもう一度ピアノ付きで各パートに分かれて。さてピアノを取ってみると、いい響きでしたね。そんな滑り出しで今日は1曲1曲をていねいに「聴いて唱う」練習、讃美歌4曲ほどで前半の1時間超が終わってしまいました。
休憩時間にはいつものように男声合唱。各パート1人で唱い始めたのですが1曲終わったところで慎純さん登場、部屋に入って来るなり「きれいですねー。ドア越しに聴くとハーモニーの響きが本当によく聴こえますね。」と。今度は5人でもう2曲、男声合唱って響きが楽しめますね。
後半の練習では、
・緑の森よ
・ロー・ア・ヴォイス
・アヴェ・ヴェルム・コルプス
・谷間の教会
なんてところだったかな。「緑の森よ」などははじめは混沌(?)とした響き、どうなるのかと思ってもMさんの指導で変わっていくものですね。見違えるように響きが改善されて感心してしまいました。
今日はハーモニーにかなりこだわった練習だったかも知れません。おかげでハーモニーに向かって私たちが前進していることが実感できる充実した時間を過ごすことが出来ました。これからが楽しみになる嬉しい合唱の一日となりました。
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クリスマスの讃美歌
19日は月一度の国分寺の合唱の日、前日帰宅した息子と一緒に国分寺までドライブして駐車場近くで軽食を済ませた後「お鷹の道」という遊歩道を歩いて駅まで送りました。細い水路に沿って緑の多い遊歩道、東京の町中にこんなところがあるんだと二人で感心して歩いていると前方に、

人の気配を感じて逃げるというでもなく、私たちが近づいていくと遊歩道を先へと歩き始め、そのうち遊歩道脇の塀の上に飛び乗りました。このあたりのサギは人慣れしているんでしょうかね。
さて、今回の合唱は何といっても12月のこと。
「讃美歌を唱わなきゃね。」
と「きよしこの夜」なんか唱いましたけどこれがまた・・・・。ムムッ、この曲はハーモニーの響きの中で唱うんだけどな・・・・。指導のMさんも聴き合えるようにと言葉を尽くしていましたけど、この日のハーモニーはちょっと難産でしたね。
練習が終わってティータイム。私たち男性はこちらで話していたんですが、やがてむこうで女声合唱がはじまりました。
「おやすみ」
「緑の森よ」
「すすき」
「おやすみ」は山形の男声でしか聴いたことがなかったので、女声合唱特有のはなやか感じがまた新鮮でした。「緑の森よ」、これは混声でしかしらなかったな。「すすき」、慎純さんに「あなたの歌ですよ」なんて冗談を言われながら聴きました。
さて、今日はクリスマスの讃美歌を、と始まりました。
「あらののはてに」
「きよしこの夜」
「神のみこは」
「もろびとこぞりて」
「あめなる神には」
クリスマスの讃美歌はここまでですね。これがまたいいではないですか、先ほどまでのハーモニーに苦しんでいたのが嘘のように美しい響きの中で次々と唱えました。
そこで今度は他の讃美歌、
「みどりも深き」
「ナルドの壺」
「ゆけどもゆけども」
「さかやかなる」
「安かれわが心よ」
「しずけき川の」
「われにこよと主は今」
「むくいをのぞまで」
「こころのおごとに」
「夕日はかくれて」
「みたまなる」
「ガリラヤの湖畔」
なんて調子で約20曲。唱いましたね、ハモりましたね、やっぱり分離唱の合唱のハーモニーはいいな~。
男声合唱フェスティバル
学生時代の友人が「聴きに来ないか」と、東京男声合唱フェスティバルに誘ってくれました。以前にも1回誘っていただいたので、今回はお言葉に甘えて行ってきました。場所は東京:浜離宮朝日ホール、今年で第10回だそうです。
調べてみると「浜離宮恩賜公園」のすぐ近く、また築地市場のすぐ近くではありませんか。迷ったすえに選んだのは食い気の方、築地で上京している息子達と食事となりました。山梨ではなかなか口にできない寿司ねたでしたね。浜離宮でのウォーキングもしたかったんだけどな。
昼食後は当初の目的:男声合唱フェスティバルへ。参加は何と58団体、朝10時半から夜8時までもやっているんですね。男声合唱団というのは数少ないものだと思っていたのですが、巷にはあるものですね。私たちは1時過ぎに会場に入ってお目当ての友人が出場する合唱まで聴きました。この合唱団、「グリー梨声」というしゃれた名前で私たちの母校合唱団のOB団体なのです。しかし高齢化(失礼)していて私の友人3人が最も若いのです。曲目は、
男声合唱組曲「尾崎喜八の詩から・第三」より
Ⅱ 和田峠
Ⅲ 夏雲
多田武彦作曲、私の知らない曲でした(当然でしょうか)。仕事を持っている人達の集まりのこと、月一度の練習参加もままならないとのことでした。
「これだけ合唱団があるのなら分離唱の合唱団だってあってもいいのに」
と思っていたら、それらしい団体がありました。「Chor C E G」、コール・ツェー・エー・ゲーと読むんでしょうね。合唱団紹介にこんなことが書かれていました。
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CEGとは「ドミソ」の和音、ハーモニーの基本、そして我々の合唱の原点。今、学生時代と同じように「うれしく、たのしく、なつかしく」をモットーとするM先生の指揮で歌える喜びを感じております。
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そうです、この合唱団、山形南高OBのM先生が指揮をしていたのでした。曲目も一曲は「Wade in de Water」、南高OBの録音で長年聴いてきたこの曲を生で聴くことができました。
そして友人達の演奏が終わった後はお店に入っての語らい、楽しいお上りさんの一日でした。
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国分寺の合唱
26日、行ってきました。
今回はS4,A3,T2,B3の編成、まずまずのバランスではありますが・・・・。はじめに分離唱、そして讃美歌数曲、そのあといつもと違って先生の混声合唱曲集Ⅱから外国曲 。休憩をはさんで「アヴェ・ヴェルム・コルプス」や「グロリア」などここでも曲集Ⅱから、最後にすすきなど日本の曲を少し唱って2時間半の練習を終えました。
途中の休憩では今回も男声合唱を少々、曲目は以前にこのブログに書いた「Adoramusu te」、「美わし五月」、「夏の夜の星」の3曲でした。メンバーいずれも声にも歌唱力にも恵まれてるとは言えないのですが、でも生まれるんですよねハーモニーの響き。トップでは裏声をつかったり私のバスなんか低音が出ずに風だけ送っているようなささやかな合唱ではありますが聴き合って生まれるハーモニーに満足いっぱいでした。「少しずつレパートリーが増やせるといいな」と期待が膨らんでしまいます。
休憩後に唱った「アヴェ・ヴェルム・コルプス」は佐々木先生の梨大1年目に唱った懐かしの曲。卒業後に私自身も変化してきているのでしょうね、新鮮な感覚で唱うことが出来ました。バスが半音ずつ下がってくるところがあります。これを自分ではかりながら下がってくるのは不安でイヤなものですが、でも聴いて唱っているとその一音一音がスパッ、スパッっとおさまっていってこれがまた気持ちのいいものです。
練習終了、解散後も「讃美歌唱いましょう」なんてことに、約半分の編成になってしまいましたが、少人数で唱うのがまた楽しいですね。個々の責任が大きくなり、返ってよく聴いて唱うなんてこともありますかね。「クリスマスに備えて(降誕の讃美歌を唱えるように)準備をしなくっちゃ」なんていう冗談を交わして帰途につきました。
ア・カペラ録音
中学校の音楽の先生をしている友人から電話がありました。学生時代に一緒に唱った友人です。そんな彼が言ってきたのは、
「かつてのア・カペラ合唱の録音はないか?」
ということでした。知り合いの先生が生徒に、
「ア・カペラ合唱を聴かせてみたい」
と言うのだそうです。
かつて私たちが唱ったのはほとんどがア・カペラ合唱です。しかし彼のように自分で音楽が実現できる人は録音を聴くなんていう必要があまりないんでしょうか、彼はあまり録音を持っていないようです。
その日早速我が家に彼がやってきて、二人で選曲が始まりました。
「中学生でも知っている曲がいい。」
「ソプラノ以外のパートも歌詞を歌っているもので。」
(ソプラノ以外はハミングなんていうのも多かったですからね)
「ソロの録音とア・カペラ合唱の響きを同じ曲で聴かせたい。」
なんていうはなしの中、山田耕筰をはじめとする日本の情緒豊かな作品の編曲、讃美歌、海外の民謡などア・カペラの小曲は何十曲(ひょっとすると百数十曲)と唱いましたが、現在の中学生が知っていそうな曲というのは少ないものですね。で、候補となった曲は、
「七つの子」
「思い出」
の2曲でした。コピーを作っておいて後日、彼に渡すことになりました。私たちの学生時代の合唱、分離唱の合唱が中学生にはどんなふうに聞こえるんでしょうかね?興味津々です。
抜け落ちていた記憶
このブログの書き始めは、佐々木先生にご指導をいただくようになった梨大合唱団のことでした。1973年のこと、もう40年近い年月が流れています。そんな遠い過去のことは十分に記憶にあるわけではないのですが、このように昔のメンバーが顔を合わせると会話の中でよみがえってくることも多いですね。そんな掘り起こされた記憶を一つ。
73年4月、先生にご指導をお願いして初めての練習は春合宿でした。2泊3日だったか3泊4日だったか。私には記憶があまりないのですが、この合宿ではめざましい変化が現れたのだそうです。ですから合宿の後、次回は5月と先生の指導は1ヶ月空いたのでした。1ヶ月後に指導に見えたとき、見事に普通の合唱に戻っていたとのこと。
「これはいけない」
と、この5月から先生は毎週水曜日の夕方5時からの練習に見えるようになったとのこと。こういったことって団の中心になって活動していた方は鮮明に覚えているんですね。その中でただ唱っていただけの私の記憶からは全く抜け落ちていました。
