カテゴリー別アーカイブ: 環境

温暖化に思う(その②)

 昨日までの雨も終わり、今日からまた30℃超えの日々が始まりました。真夏の雨は何て涼しさをもたらしてくれるのでしょうか。雨がどうしてこんなにも涼しさをもたらしてくれるのか、それは次の2点でしょうね。
  ①雨が地面を直接冷やしてくれる。
  ②雨が止んだ後蒸発して、地表の熱を蒸発潜熱として奪い、熱をもっていってくれる。
このうち①は雨の日だけのことでですから、日々のことを考えると②が大変重要なのではないでしょうか。昔と比べて降水量が減っているわけでもないでしょうし、やっぱり最近の暑さと②は関係が深いのではないかと思ってしまいます。
 このことを利用した伝統的な暑さ対策に打ち水があります。窓に簾をかけたり窓に外に葦簀をたてかけたり、また打ち水をしたりして日本人は涼を求めてきました。そんなふうに涼を求める姿がまた私たちに涼をもたらしてくれます。美しい日本人の姿ですね。それに対して窓を閉め切ってカーテンもして、エアコンにより冷やしている姿、部屋の中が冷えている割には涼やかではないですね。
 実際、打ち水をするとかなり涼しくなります。でもその水、高い金を出して購入した水道水は使いたくないですね。ひとつの選択は雨水利用です。ただで手に入る水を有効に使わない手はありません。高校生の頃、下宿から学校までの町中を歩くと、沿道の商店の人達が側溝のふたを開けて長い柄のしゃくで水を汲んでは道路に撒いていました。そんな光景、今では見なくなりましたね。現在では町中の多くの水路にほとんど水が流れていないのではないでしょうか。
 私の親戚が20年ほど前に庭を芝生に変えました。そうすると家の中を通る風の涼しさが違うんですね。このとき植物の力を改めて知りました。地下から水をくみ上げて葉の裏から蒸散させる、この芝生のはたらきは私たちが井戸水をくみ上げて庭に散水することに相当します。もちろん水が気化するのですからこのとき蒸発熱を奪ってくれますね。我が家でも挑戦している最近はやりの「緑のカーテン」もその意図するところはだいたい同じ、地下から水をくみ上げて蒸散による蒸発熱によって涼しくしようというわけです。この効果、絶大ですね。緑のカーテンのある部屋は他の部屋に比べてかなり涼しく感じます。

温暖化に思う

 昨日は朝から雨で暑さも一段落です。梅雨明けから数日猛暑日が続き、私達の職場では9時過ぎにはもう30℃を超えてしまうという状況です。何という暑さでしょうかね。地球温暖化は100年で1℃上昇というようなレベルですが、夏の温度上昇はそんなレベルではないように思います。これはやっぱり「ヒートアイランド現象」が主因なんでしょうね。
 自動車がやってくると、同時に熱風がどわっとやってきます。車内の熱を外に捨てて(車内を冷やして)その熱が自動車のまわりにまとわりついているのでしょうかね。同じように室内を冷やして室内の熱を外に捨てていますね。室内の温度が下がった分が屋外の温度上昇につながる、でもプラスマイナスゼロならまだいいのでしょうが、この作業を電気エネルギーを使って行っています。使ったエネルギーを100%目的に使うことはできません。何十%かは無駄になり熱に変わります。結局冷やした分だけ加熱されるのではなく、冷やした以上に加熱される。トータル的には冷房ではなく暖房、そこで
    「誰か、夏の暖房をとめてくれー!」
と書いている人がいました。
 私の学生時代(?十年前、1970年代)はそこそこ便利な時代で物質的にも満たされていたと思うのですが、甲府盆地の仮宿学生の中にエアコンを使っているという人がいた記憶がありません。しかし今はエアコン装備が当たり前、エアコンがなければとても夏が過ごせなくなっているのも事実です。
    「みんなでエアコンを使って、みんながエアコンを
     使わなくてはならなくなってしまった。」
ということでしょうね。こうしてみると「エアコンのある快適な生活」という私達の生活のひとつの目標が間違いだったといえると思うのです。そうして今猛烈に経済発展を続けている国々の人たちもまた「エアコンのある快適な生活」に向かって突き進んでます。温暖化問題って私達が突き進んできた方向が間違っていたんだということを私達に突きつけているのだと思うのでが、そこで私達がしなければならないことは今あるものを「省エネ家電にかえる」なんてことではないと思うんですよ。残念ながら、国が示している二酸化炭素削減目標に沿った生活モデルは「消費生活を変えずに、むしろ新しい消費を促す」なんていうふうに読み取れてしまいます。

C.W.ニコル氏講演会

    「森から未来をみる」
と題して、C.W.ニコルさんの後援があり、聞いてきました。飾らない語り口で、私の頭も終始キリッとしていました。通常、おはなしを聞いているときはどうしても眠くなってしまって途中の記憶がないなんてことも多いのですが、今回ばかりはその眠気も冒頭の司会者の言葉と主催者側の挨拶の時だけ(笑)、「ニコルさんの話はよかったー!」
 石炭採掘のため森がすっかり無くなってしまった故郷南ウェールズを飛び出して極北に住んだこと、空手を学びに日本に来て日本の自然に驚いたことなど、本当にナチュラリストだと感心させられるおはなしでした。黒姫で再生に取り組んでいるアフィンの森の映像もよかったー。いくつか印象的な言葉を書き留めました。
    「水がわらっている」
    「森が破壊されると、社会全体がおかしくなる」
    「多様性には可能性がある」
    「多様性豊かな森がいい」
野生動物による農作物の食害も森が豊かでなくなっているのが原因だそうです。豊かな森を維持するのにも人手が必要だそうです。ましてや、荒れた山林を再生するためにはもっと・・・・。
 人間生活を我慢するというより、こんな風に自然を愛する心をもつこそ「環境」に必要なことなんでしょうね。
 こんな話を聞いていると我が家の山林を思ってしまいます。全く手を入れることなく放任されてしまっている山、わずかに植林されている山林の光の射さない暗い森。「私にも何かできるかな」と考えてしまいました。
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削減はコストがかかる?

 経団連が、温室効果ガス削減の中期目標として政府が提示した6案のうち、「2020年に1990年比で4%増」という最も緩い目標が「合理的」とする意見書を政府に提出したそうですね。同じ量の二酸化炭素(CO2)を削減するのに、日本は欧米に比べ4倍以上のコストがかかるというのがその理由だそうです。
 これに対して環境相は温室効果ガス「4%増は世界の笑いもの」 と反論したそうです。

 それはそうですよね、当面6%減らさなければならないという目標がありながら、その先の目標が当面の目標より低いなんて・・・・。だけど経済界が経済優先で考えるのは当然のことのようにも思います。そういうことも考慮には入れながら、国としてはより前向きな目標を設定していくべきなんでしょうね。
 私にとって経団連のこういう姿勢以上に気になるのは政府の経済対策。あの「高速道路、どこまでいっても千円」なんていう経済対策は、京都議定書でうたわれた「削減目標なんて全く頭にないんじゃないの!」と思うですがどうでしょう。 私も甘い汁に誘われて高速道路を利用した一人ですが(笑)、GWの車の多さには驚かされてしまいました。高速道路が安いのはいいけれど、やっぱり選挙目当ての安直な経済対策のように思ってしまいます。
 「日本は二酸化炭素削減に欧米の4倍のコストが必要」というところも気になってしまいます。「二酸化炭素削減は私たちの生活をシンプルにしていくこと」と理解しているのですが、そういう生活の贅肉を落としていくことにコストが必要というのはどうもピンときません。「それだけではすまないんだよ」といわれそうではありますが、日本がこれ以上の削減を続けるためには技術開発が必要だよ、エコ製品を買わなければいけないよ、と金のかかることを要求するのは変じゃないですかね。

温室効果ガス中期目標

 NHKニュースウォッチ9で温温室効果ガス削減のことをやっていました。政府は2020年までの中期目標について、1990年と比べて「6%の増加」から「25%の削減」まで4つの選択肢を示し、今後経済などに与える影響を試算して国民の意見を聞くのだそうです。
 4つの選択肢とは、
  ・今と同じ程度の削減努力を続けた場合、1990年より6%程度増加。
  ・アメリカやEU・ヨーロッパ連合と同じ程度のコストをかけて取り組んだ場合、最大で2%程度の削減。
  ・電気自動車など将来開発される省エネ製品を企業や家庭に最大限普及させた場合、4%程度の削減。
  ・科学者で作る国連の専門機関・IPCCが温暖化の影響を一定の範囲に抑えるため先進各国に求めている水準を満たす場合25%の削減
ということだそうです。しかしねぇ、京都議定書の2008~2012年の目標が6%削減ですよ。第4案はともかく、残りの3つ、2020年までの目標案が2012年までの目標よりも低いなんていったいどうなっているんでしょうね。
 番組はさらに続きがありました。環境意識の高い都市部の人たちにNHKが意見を聞いたのです。それぞれどの案を支持するかとの問いかけに対して「25%削減」を指示している方もいました。その後、25%削減のためにはこれだけの太陽電池パネルが必要、新しい給湯器が必要等々、これだけのものが必要ですよとこの人たちに迫りました。結果としてほとんどの人はギブアップ、25%削減なんて到底無理だという結論をNHKが誘導してしまったかのような結末でした。
 温室効果ガスの削減てそもそも新しい製品を買い込むことなんでしょうかね。そんなことをこの議論の土俵に上げてそれだけで結論を迫るようなNHKのニュースのあり方に不快感を感じてしまいました。
 私たちに求められているのは生活のあり方や価値観を考え直すことだと思うんですよ。

ダムって必要なの?

 私たちは高度成長期に育ってきました。ダム建設は巨大な公共事業で、自然を環境を人間のいいように変えていく典型的なものとしてとらえてきました。
 ダムの役割は3つ、
    ①洪水調節の機能
    ②流水の正常な機能の維持
    ③都市用水、農業用水の開発
だそうです。
 しかし今、ダムの必要性が問われている時代になってきたようです。長野県の田中元知事の2001年「脱ダム宣言」は有名です。しかしそれよりももっと以前の1994年、米国内務省開拓局の長官は「アメリカにおいて、ダム建設の時代は終わった」という発言をしています。
 いろいろな資料を読んでいると、どうもダムの役割はお題目の通りにはいっていないようです。人間生活のための役割よりも業界のための建設といった部分も多分にあるように思ってしまいます。私たちの近くの塩川ダムにしても、決して水不足に困った土地柄ではないことが書籍にも唱われています。上流にヒ素がみられる土地で、水道水源としては問題があり、ここに水源としてのダムを建設することに疑問も投げかけられています。ダム湖のきれいな景観はよいものですが、しかしダム湖の水質というのは湛水から数年すると悪化をたどるということも聞いています。
 こんなことを見てしまうと余計に写真展に見られる人たちの故郷を離れる無念さを想像してしまいます。私も、「できることならダムは避けた方が」と考える一人です。
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ライトアップ

 私たちの地元山梨の峡北地域に銘木「王仁塚の桜」があります。友人のブログでは早くも様子を見に行ってつぼみが膨らみ、この桜全体がピンク色を増している様子を伝えています。そしてホットニュースとして、今年からこの桜がライトアップされることも知りました。
      http://blog.livedoor.jp/hisnaitoblog/archives/51164483.html
 地球温暖化が騒がれている割には、こういう事を自粛しようという動きはありませんね。地球温暖化防止が世の中の大きなテーマであっても、「エネルギーを節約しましょう」「私たちの生活のあり方を変えていきましょう」なんていう声はほとんど聞こえてきません。
 ライトアップ、私は支持できないんですよ。どうしてあるがままの桜を楽しまないのでしょうかね。2年前、私の所属するグループの自然観察会があり、自然観察を喜びとしている人の案内で野の花の数々を見せていただきました。桜の季節であったことから、この会が終わった後「王仁塚の桜」を見に行きました。この桜も数年前には名が売れておらず、田園地帯にスッと一本立っていたのだそうです。しかしこのときは近くの田んぼをつぶして駐車場となり、次々と人がやってきました。その様を見た会の中心メンバーのWさんは、「こんなになってしまっては・・・・。もう来ない。」と言っていました。この方は自然の中の草花を写真に撮ることもせず、「ただ見る」ために山野を歩くのだそうです。雑踏の中の桜を見たいとは思わないのでしょうね。
 「エネルギーの節約」がキーワードでもよいから、「ライトアップはやめましょう」といういことにならないでしょうかね。ただ私は、環境を考えることは私たちが価値観を変えることだと思うのです。Wさんのように、「ただ見る」ために山野を歩く、そこに喜びを感じる、私たちがそんな心に変わっていくことが大切なのだと思うのです。桜を見に行けば「写真も撮りたい」俗物の私ですが、今年はこの桜を見に行くのはやめようかな。

天水尊

仕事で甲府のある会社に見学に行ってきました。塗料を扱っているこの会社の危険物施設としての様子を見学するのが目的だったのですが、敷地の中にこんなものがありました。
天水尊
雨水の貯水槽が3つ並んでいるのです。貯めた雨水は洗車にも使ったそうですが、いまではもっぱら敷地内の草花の水やりに利用しているそうです。そして雨水を集める屋根の上にはたくさんのソーラーパネルが見えます。

この会社、環境への取り組みでは県内では有数のところなのです。確かISO14001の認証も受けています。BDF(バイオディーゼル燃料)の精製設備を備え、廃食用油を集めて得られる燃料を提供している会社でもあるのです。私は午前に訪問したのですが、午後には幼稚園の子どもたちが見学に見えるとのことでした。

「環境」は決して利益にはつながらないのでしょうが、規模では決して大きくないこの会社が私たちを先導していてくれます。説明にあたってくれた課長さんの誇りに満ちた様子が印象的でした。

イルミネーション

 甲府の駅近くに舞鶴城址があり、ここ数年冬になるとこの公園内にイルミネーションが飾られます。先日忘年会(?)があり、久しぶりの県都へのお上りさんの私は、会が始まるまでの時間公園内を散歩してきました。今年は大河ドラマ「風林火山」の影響もあってか、石垣には信玄と謙信の戦っている様子が描かれたり、片目に眼帯をしている山本勘助が描かれたりしています。以下の知り合いのブログには写真が紹介されています。

http://blog.livedoor.jp/hisnaitoblog/archives/51092507.htm

公園内にはさらに様々な趣向が凝らされていますが、あちらこちらに大きな金属製の箱が置いてあり、その中では発電機のエンジンがうなっています。手をかざすともちろん燃料の燃焼排ガスが大量に吹き出しています。
 人間とは勝手なものですね!

ラジオ深夜便(続き)

 柳生さんの育ったのは茨城の田舎のようである。その風景が原風景として心に残っていて、それに通ずる環境で子どもを育てたい、そんな気持ちから八ヶ岳山麓に移り住んだとのことだった。そこで子どもを育て、やがてはお孫さんもここで育っているとのこと。お孫さん今では「かさこそ」遊びが大好きだという。林の中には落ち葉がつもり、その中を歩くとかさこそと音がする、落ち葉を掘れば腐葉土があり、その中にはたくさんの生命の営みがある。そんな林の中での散策や遊び、それを「かさこそ」遊びと名付けたらしい。こんなふうに孫を林の中に連れ出す柳生さんは、「センス・オブ・ワンダー」で甥を自然の中に連れだしたレイチェル・カーソンと全く同じではないか。柳生さんの話していることはまさに「センス・オブ・ワンダー」の世界ではないかと思ってしまった。

 「日本野鳥の会」の会長でもある柳生さんは、「鳥インフルエンザを媒介する可能性がないとは言えない」燕について、幼稚園につくったその巣を片っ端から壊してしまった人間のありようにも大きな怒りを表すなど、さまざまな話を本当に熱く語っていた。柳生さんの経営するお店が八ヶ岳山麓にある。一度言ってみたいとも思う。