カテゴリー別アーカイブ: 食・農

「自然農法 わら一本の革命」(その2)

わら一本の革命(柏樹社)
この本を私が購入したのは昭和50年、もう30年も前になります。表紙は緑の堅いもので、確かカバーに自然農法の稲穂の写真が載っていたと思うのですが、残念ながらカバーは捨ててしまいました。この写真は中表紙のものです。出版社は今と異なり柏樹社、奥付には次のように記載されています。

1975年 9月25日 初版発行
1975年11月10日 2版発行

どうやら、わずか2ヶ月ほどで増刷しなければならなかったようです。
私たちの学生時代(合唱団時代)、佐々木先生は合唱指導の中で自然農法のことを熱く語ってくれたのです。先生の話の中で福岡正信さんという自然農法の実践家がいること、ミカンを栽培していること、先生のお宅にもミカンが送られてくること等々、自然農法という一般には馴染みの薄いことが私たちの心の中に収まってきたのです。先生は福岡正信さんを、「たとえ年齢が下でも、教えてくれる方はみんな先生なんだ」と先生自らが「福岡先生」とよび、私たち団員もみな自然に「福岡先生」と呼ぶようになりました。やがて柏樹社からこの本が出版され、私たちの多くは(多分先生を通して)この本を購入したのでした。
本の内容は著者の若い頃の自然農法への閃きから、それまでの職を辞して郷里で自然農をはじめたことなど、私たちの中にスッと入ってくる内容で実に短期間で読み終えた記憶があります。

この本の出版社である柏樹社はなくなってしまったようです。同じ柏樹社から出版された佐々木先生の「耳をひらく」は現在も再版されていませんが、この本については幸いにもその版権を春秋社が買い取ってくれたと言うことでしょうね。現在も手にすることができるのは嬉しいことです。

「自然農法 わら一本の革命」

          わら一本の革命(春秋社)
福岡正信著「自然農法 わら一本の革命」春秋社

を借りてきました。この本、昨年私が図書館に希望図書として書いたところ購入してくれたものです。しかしこの一年、誰も借りなかったようで、私が初めての借り出し者です。本の奥付を見ると

    1983年5月30日 初版第1刷発行
2004年8月20日 新版第1刷発行
2006年3月10日 新版第5刷発行

とあります。我が家にもこの古い本があるのですが、久しぶりに新しい本を開いてみると加筆されている部分があります。

  「追章 “わら一本”アメリカの旅 アメリカの自然と農業」

です。借りてきて真っ先にこの加筆部分を読みました。福岡先生は「国内よりもむしろ海外での評価が高い」といったことを聞いた(読んだ)覚えがありますが、まさにそれを体現しているような加筆のようにも思います。

でもやっぱり1章から5章の本文の方が現代の食環境にどっぷりつかっている私たちにとっては衝撃的な感じがします。

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ジャガイモの収穫

ジャガイモ掘りをしました。母が育てたジャガイモです。木が枯れてしまうこの時期が、この地域では収穫時です。

品種は2種類、従来からの男爵イモとレッドアンデスという表面が赤いちょっと変わったジャガイモです。

「みつっぱ」という3本の細い刃が出ている農具を使いました(3つの刃という意味でしょうね)。土への通りがよく、深く掘るのもあまり苦にならないので、普通の鍬より随分楽にまたイモを傷つけずに掘ることができました。1~2時間の作業で汗だくでしたが、おかげで掘り終えて袋に詰め貯蔵庫に運び込むことができました。

今年のイモはあまり大きなものは育っていません。しかし大きすぎず丁度いいのかもしれません。

ジャガイモ
ピンポン球より一回り小さいようなイモは処分してしまう場合もあるのですが、今回私たちはこの小さなイモをもらってきて、さっそく食卓に載せてもらいました。わたしは堀りたての小さなイモを食べるのが好きですね。そして品種はやっぱり男爵イモの方が好きだな。

遺伝子組み換え

 少し気張って食糧問題です。先日のNHK「クローズアップ現代」は番組表では、
「食糧高騰に揺れる米国日本は」
との表題でした。帰宅して途中から後半部分を視聴しましたが、その内容はアメリカがバイオエタノール生産に数値目標を掲げたことがトウモロコシをはじめとする穀物価格の高騰を招いたことや遺伝子組み換え作物の作付け面積が急速に拡大(特にアメリカ)していることなどと取り上げていました。
 日本では抵抗の大きい遺伝子組み換えを避けての穀物輸入は今や困難になりつつあることを、映像を含めてわかりやすく説明してくれていました。ただ、遺伝子組み換えにより食糧増産効果もあった、1割ほど増えたというようなことも言っていました。聞き手であるアナウンサーの「しかし心配なこともあるのでは?(という趣旨)」の質問に大学の先生は、だから「輸入先を一国に集中するのは危険だ、多くの国に分散すべきだ」というようなことで締めくくっていました。
 確かに近視的には輸入先を分散することによって、それぞれの国情や気候変動のリスクを低減することができるのでしょうね。でも、このなかに本質的な議論がないように思ってしまいました。最近特に食糧自給率の低下が叫ばれ自給率を上げるべきだとの声もよく聞かれますし、私もこれは大切なことだと思うのです。自給というい観点ばかりでなく、遺伝子組み換えを避けるという意味でもできるだけ自給することがよいと思うのです。では、自給率を上げるためにはどういうことが必要なのでしょうか。日本の農家が米ばかりでなく大豆やトウモロコシを生産するためにはどういうことが必要なのでしょうか。輸入先の分散ではこういった問題の核心についての道を示していないと思うのですが。
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「自然栽培ひとすじに」

以前このブログでも書きましたリンゴの自然栽培の木村秋則さんの著書が出版されていることを最近知りました。そこで、この本を図書館の希望図書に書いたところ購入してくれましたので、早速借りてきました。
自然栽培ひとすじに
リンゴ栽培への苦しい道のりや栽培法のほか、自然栽培による米づくり・野菜づくり、自然農法を通したひとのつながりのことなどが書かれています。木村さんの農法は決して不耕起というわけではないようで、私たちが山梨で見学させていただくことのできる自然農とは若干おもむきがちがうようです。その土地土地で環境も自然条件もことなり、それに対応してさまざまなくふうがあるのでしょうね。

読みやすい文章で、短期間でよんでしまいました。

再度、「自然農に生きる人たち」から

 もう一度、この本の中のことばを紹介します。
     「芽さえ出れば育ちます。石はまったく問題にならないわね。」
 これは、高知の山下幸一・雨宮とも子さんのところに登場した文章。

     もし収穫できなかったときはどうするのかと、失礼な質問をしてみた。
    沖津さんは「そんなことはありえない。」と即答する。自然界で作物が育
    たなかったら、生物が生きていけないのと同じ。「地球の終わり」とまで
    言って笑う。
     「・・・・自然界のことわりに添えばできる。添わなければできない。簡単
    な事なんです。」
 これは、徳島の沖津一陽さんのところの文章です。

 自然農で作物ができるできないかが、入り口に立っている人にとっては大問題です。「自然農といっても土地が悪ければ・・・・」とか「寒いところでは・・・・」とか考えてしまうのではないでしょうか。しかし、自然農に生きる人たちは皆さんこうなのでしょうかね。心が定まってゆるがないことばに驚いてしまいます。
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「自然農に生きる人たち」から

 写真集「自然農に生きる人たち」の中に登場する文章を、さらにいくつか紹介します。
    「命の営みにひたすら沿う自然農は、この世界に何ら問題を招かず、
   永続可能な農のあり方なのです。これからは『何かしないといけない』
   という考え方はいりません。余計なことをしないことが大切です。環境
   問題にしても、問題を解決するのではなくて、問題を招かない生き方を
   することです。」
 これは川口先生の写真のあとに続く紹介文の中に登場する先生のことばです。今、地球温暖化が叫ばれ、いよいよ京都議定書で掲げた二酸化炭素削減値を達成すべき年を迎えました。最近話題になるのは「排出権取引」、このほか削減に向けたいくつかの名案(?)があるようです。技術開発で環境問題を解決しようというような考えもよく見受けられますね。しかし、本当に環境のことを考えるなら私たちのあり方そのものを考え直す必要に迫られている、そんなメッセージに感じます。

「自然農に生きる人たち」

 この春出版された本を紹介され、早速購入しました。そして少々時間はかかりましたが、今日読み終えました。
自然農に生きる人たち写真集 自然農に生きる人たち
-耕さなくてもいいんだよ-
写真・文 新井由己
自然食通信社

 余談ですが、そう言えば三十年近く前、「自然食通信」という雑誌がありました。隔月刊だったかな。その頃、我が家ではこの雑誌を購入していたのです。購入した本を手にして、我が家では思わずそんなところに会話がいきました。

さて、この本の内容です。全国の自然農を実践している人を訪ねて取材し、写真とともに紹介しているのです。巻頭を飾るのは川口由一先生の写真と文章、それから赤目自然農塾。更に更にと全国36カ所の自然農実践者・実践の場を紹介しているのです。そして山梨からは4人の実践者が紹介されているのです(私が自慢することでもないですね)。

写真集ですから、一人一人の紹介文は決して多くはありません。しかし至る所に「ウーン」とうなってしまうような文章に出会います。そこで、この本で出会った印象的な文章を紹介したいと思います。

まずは、著者が川口先生について書いている文章。

    ・・・・周囲の農家から苦情を言われた。雑草の種が飛んでくるし、害虫
が大発生するから、ちゃんと草と刈ってくれ。そう言われても川口さんは
反論しないで「すみません。考えときますぅ」と柔らかな奈良弁で答えて
きた。

 このことばに著者は「この人は本物だな」と思ったそうです。私も、この柔らかな言葉の中に強い信念、人としての強さを感じてしまいます。

「絶滅危惧種」と「ハイブリッド種」

 友人のブログにハイブリッド車「○○ウス」にリモートスタートをセッティングする人がいるとの紹介がありました。エンジンとモータ併用のこの車は、停止しているときはエンジンは止まってしまう。そもそも環境に優しいはずのこの車なのにユーザが乗り込む前にエンジンをスタートさせることに矛盾(?)というような内容です。
    環境に優しい車とリモートスタート
    http://isaokunn.at.webry.info/200804/article_1.html
 この記事をよみながら、この方の以前のブログ記事をおもいだしました。この方はしばらく前にマニュアル車を購入したのですが、マニュアル車の車選びは大変だったそうです。今はマニュアル車の生産が極端に減ってしまい、マニュアル車は「絶滅危惧種」とユニークな表現をしていました。たしかに「○○ウス」を代表とするハイブリッド車はまだまだ発展していくのでしょうね。そう言う意味では「絶滅危惧種」とはかけはなれた存在ではあります。それに対してマニュアル車というのは、現代のユーザの支持はあまり得られず、まさに「絶滅危惧種」なのかも知れません。
 ところで、話を野菜などの種子に向けましょう。「ハイブリッド種」という言葉はむしろ種子の世界が元祖といえるでしょう。見た目がよく、病虫害にも強く、味が良く、・・・・といくつもの優れた性質を持った生命体を掛け合わせてできた種をハイブリッド種とかF1(エフワン)とか読んでいます。しかしこの掛け合わせてできた生命体の多くは次の世代へと健全な生命を繋いでいく力がないことが多いのです。これに対して「在来種」と呼ばれる、古くから延々と命を繋いできた種は病気には決して強くないかも知れない、食べても甘くないかも知れないけれど、成長した後実を結んだ種子はまた次の世代へと脈々と命を繋いでいく生命力にあふれた生命体なのです。
 こんなことを考えると、いったいどちらが「絶滅危惧種」なんでしょうかね。子孫を残すことのできない「ハイブリッド種」は絶滅危惧というより、最初から次の世代に命を繋いでいくことができない種なんですよね。近代農法からは見放されてしまったかに見える「在来種」こそ生命力を維持している大事な種なのです。そして、この「在来種」を大切に育てている種苗会社が今も存在するのです。
 こんなことに考えを及ばせながら、シンプルで自動車本来の良さをもった「マニュアル車」もいつまでも残ってほしいものだと思ってしまいます。
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ふきのとう

春の味覚「ふきのとう」が顔を出しました。枯れ葉の中にぽつんぽつんと若い緑が顔をのぞかせています。周りは殺風景ですがその中の緑はきれいですね。
ふきのとう

もちろんふきのとうは春の味覚の代表格、山菜の王者「タラの芽」よりもむしろ香り高く野性的で私は大好きです。と言うわけで今日の収穫はごらんの通り。
ふきのとう2
早速、天ぷらとふき味噌に姿を変え、私たちのおなかに収まりました。