カテゴリー別アーカイブ: 食・農

枯露柿

 渋柿の皮をむいて寒風の中を干し甘く縮まった「枯露柿(ころがき)」、皆さん好きですか?地方によっては「干し柿」とかいうのだろうが、私たちの地方ではもっぱら「つるしんぼ」と呼んでいた。渋柿を収穫すると家族で皮をむき、簡単なワラ縄で10個連ねて軒先に並べて吊す、私たちの地方のかつてのありふれた風景だった。「つるしんぼ」は黒くてかちかちに固くなり、歯で引き裂きながら食べるようなものだった。


 山梨は枯露柿のなかなかの産地である。出荷もしているような地域では柿も消毒しただろうし、剥いた柿を「硫黄薫蒸」もしたはずだ。わが家でも昔一度、この硫黄薫蒸をしたことがある。そうすると、通常なら串を通した柿の切れ目から白いカビが発生するのだが、この年ばかりは全くカビが発生しなかった。しかも真っ黒になってしまうはずの枯露柿の色はきれいな飴色、「売っている枯露柿はこうやって作るのか」と妙に感心した記憶がある。


 今でもパック詰めした枯露柿をいただくことがある。たしかにきれいな飴色をしているのだが、黄色みがかったこの色に異様さを感じる。味も一味落ちると思う。硫黄という物質、燃えれば二酸化硫黄で、三宅島の全島避難の原因となったあの物質である。だから、「硫黄薫蒸をしていいわけがない」と今では思っている。(売っている枯露柿に硫黄薫蒸は禁止されているのだろうか?)
 
 枯露柿の中でも高級品は大粒の「百目(ひゃくめ)柿」でつくったものだった。家内の実家にはこの百目柿の木があり、ひときわ大粒の実がなる。わが家では毎年のようにこの柿をいただき、枯露柿をつくって食べている。一昨年は特に豊作で、たっぷりと柿をいただき、たっぷりとこの味を堪能した。敷地の隅に立っていて特に消毒をするわけでもない、肥料をやるわけでもない柿は、今まであまり意識してこなかったがまさに貴重な自然食品である。しかしこの冬は昨年の柿の異常な不作のため、わが家での枯露柿づくりはできなかった(残念!)。そしてわずかに収穫してできた貴重な枯露柿を義母からいただくと、本当にうれしい。小さく切ってよく味わいながら食べている。

農薬散布

 今日の新聞から引用させていただく。


     無人ヘリ「有機リン系農薬散布」自粛の群馬県
     過敏症患者が大幅減


群馬県は昨年6月、全国で初めて無人ヘリコプターによる有機リン系農薬の散布自粛を決めた。通学中の子供らが農薬を吸い込み、健康を害するおそれがあるなどが理由だ。自粛後、農薬などに過敏な患者が減ったという現象も報告された。他県の動向が注目される中、環境省は大気中の農薬を吸入した場合の影響について調査を始めた。


 こんな書き出しである。自粛後、小児科に駆け込む患者が大きく減ったそうだ。これは大きな前進かとも思う。しかし末尾には、


無人ヘリコプターによる農薬散布面積が拡大していること、その背景には生産者の高齢化で重い噴霧器をかついでの散布が困難になっている事情がある。


と書いてある。無人ヘリコプターによる散布を止めても、農薬散布そのものを止めたわけではない。「あー、そうなんだ。」と改めて思い知った。「地域の子どもたちをはじめとして不特定多数が農薬を吸い込むことはまずい、しかし農業生産者が吸い込むのは仕方のないこと。」そんな論理があるのだろうか。現代の農業の病理の深い。

「自然農への道」

 自然農法で有名な川口由一さんの編集によるこの本は図書館で借りてきたのだが、全国各地で自然農を実践している9人の方の文章が寄せられている。そして、このなかには山梨在住の方の文章も載せられている。この農場名をたよりにインターネットで検索し、農場の見当をつけて、とにかくちょっと見でも行って見てこようと思って先日出かけたのだった。この農場は見つかったがあいにく不在、にわとり小屋など眺めさせていただいたあと、前記の体験ステイ施設を訪ねてみたのだった。全く無計画で先方にも失礼であったかも知れないが、思いついたときに行動しないとまた躊躇してしまう心配もある。

「自然農への道」
川口由一 編 創森社
2005年7月25日発行

自然農への道

自然農法の本

我が家から比較的近いところに自然農の体験ステイ施設を営んでいる方がいる。ずっと気になっていたが、きょう初めてこの方のところへ行ってみた。幸い在宅で、少しだけはなしを伺うことができた。

ここで自然農法の本を紹介していただいた。その場で購入可能とのことで、早速購入することにした。表紙は畑の数々の野菜を描いた水彩画が印刷してあり、なかなか洒落ている。第1章は「田畑と出会う・田畑を開く」との題で、自然農法を志す人が入手する田畑の状態は様々であることを想定してそれぞれのはじめの手の入れ方が書いてある。以後「お米を作る」・「野菜を作る」と3章だてで、ふんだんに著者の挿絵がはいって自然農法による米作り野菜作りをていねいに解説している。出版社の記載はないので、著者の自費出版なのだろう。こんな本を自費出版してしまう、そんな土壌を心の中に持っている人こそ豊かな人なのかも知れない。 (5.0k CT)

「いのちの営み 田畑の営み」-自然農・栽培の手引き-
鏡山悦子 著
川口由一 指導監修
2006年11月22日発行田畑の営み

手前味噌

 前前回の土曜日は家内の味噌造りの日だった。わが家が手製の味噌づくりに参加するようになってから7年ほどになる。釜や炉(くど)など必要な用具は麹屋さんで貸してくれる。この日親しい人たちが場所を提供してくれる世話好きな人の家に集まって大豆を煮、すりつぶし、麹やら塩やらを混ぜ合わせて樽に入れて持ち帰る。自宅で半年ほど寝かすと美味しく食べられるようになる。最初の数年はつくる量が少なく、わが家では半年ほどしか食べられなかった。自家製味噌がなくなると市販の味噌が食卓に登場する。このとき改めて手づくり味噌の美味しさを認識するようになった。1月に仕込んで家の中で夏の間寝かしていると何ともいいにおいが漏れてくるようになる。秋になって新しい味噌を開封するのが待ち遠しい。そんな経験を何年かした後、わが家でも仕込む量を増やして一年中手づくり味噌が味わえるようになった。今では親戚やら親しい友人やらにいくらか分けて喜ばれるようになった。これぞ「手前味噌」、失礼しました。

ほか弁のカツ丼

 今日の日曜日午後、仕事があった。1時からの仕事に間に合うように、仕事先の近くの中華店での昼食をあてにして出かけたのだが、残念ながら営業していなかった。別の適当な店を少し探したのだが、あいにく見つからない。ゆっくり探している時間もない。そこで道路沿いの目にとまったほかほか弁当のチェーン店に飛び込んだ。久しぶりのカツ丼を注文、暖かい緑茶とともにマイカーに持ち込んで箸をつけた。
 食べ始めてビックリ、やけに肉が軟らかい。「この肉、偽物じゃないか?」という私に、一緒に食べた家内も「これはおかしい、肉じゃない」、二人の意見が一致した。「食品の裏側」で紹介されていたハンバーグやミートボールと同じように、練り物でこしらえた「肉もどき」のカツのようだ。こんなところで本に書かれている「食品の裏側」を実感した。今、不二家製品の問題点がクローズアップされているが、こちらも大変なことだ。にせの豚肉で堂々と「カツ丼」をつくり商売している。

心の栄養

 今日、カーラジオで聞いたはなし。ホスピス医療で有名な鎌田先生が話していた。

 病院に老婦人がホスピス医療のため入院してきた。この方は水数百mlしか身体に入れることができず、余命一ヶ月ほどと見られていた。しかしこの方はいつもにこにこして毎日を過ごし、藤沢修平、・・・・と数多くの作家の作品を次々と読んでいた。水しか受け付けないこの方は3ヵ月たっても生き続け、新年を迎えて医師にもにこやかに礼をいい、そして現在も生き続けている。これは科学の世界では説明できないことだそうだ。そしてこのお医者さんがいっていたのは、「この方は心に栄養を注ぎ込んでいる。心の栄養が科学では説明できない末期医療の患者を生かしている。」、そんなはなしであった。はなしを聞いていた会場の人にアナウンサーがコメントを求め、聞かれた人も涙ぐんで発言していた。

 私には聞いた時のニュアンスをうまく伝えることはできないが、心に残るはなしだった。

「食品の裏側」

食品の裏側

「食品の裏側 ~ みんな大好きな食品添加物」
安部 司 著

 今年、評判になった一冊であり、私もこれを読んで唸ってしまった一人です。

今、私たちは「飽食の時代」に生きています。日本のカップラーメンは海外のそれに比べて格段においしいのだと聞いています。日本に滞在し就労している海外の人たちからも大変評判がいいそうだし、私自身もなかなかの美味しさだと思っています。この本は、著者の講演会でとんこつスープを添加物を組み合わせて作ってしまい、会場のいぶかしがる聴衆に試食してもらい「本当にとんこつスープだ」と驚かせるところからはじまります。食品添加物のトップセールスマンだった著者、同時に子をもつ親の良心から自らの仕事に疑問を持ち、食品添加物の洗礼に浸かってしまっている現在の食事情を見つめている著者の文章には説得力があり、一気に引き込まれ短時間で読了できる本です。まだ読まれていない方、一度読んでみませんか。

再度、木村秋則さんのこと

 番組の後、「木村秋則」さんをキーワードに検索してみた。前々からのページがあったり、番組の予告をしているページがあったり、また番組の感想を書いた人がいたり、これはもうたくさんの情報が得られる。以下のURLでも長い文章で木村さんのことが紹介されているし、番組では紹介されなかった話も載っている。

        http://www.kagaribi.co.jp/15-4.html

 この文章の冒頭には、「農薬を撹拌するのが子ども時代の手伝いだった」と記されている。こんな文章を目にすると、私たち自身の子どものころも思い出す。私の家は長い間ビールの原料であるホップの生産農家だった。蔓性の植物であるホップがある程度しげると定期的に消毒をするのだった。消毒は1~2週間に1回くらいだったと思う。畑の脇に浴槽よりも大きい水槽があり、その中に消毒液であるボルドー液をつくる。石灰はどうしても沈んでしまうので、これをかき回すのが子どもの役目だった。先日の番組中の手消毒と同じようにホースの先についた噴霧口をもって、畑の中を端から端まで消毒して歩く。一つのさくが終わるとホップのつるの間をくぐって次のさくに移る。消毒をする父は噴霧口をもって移動するのだが、ホースを次のさくにたぐり寄せるのはまた子どもの仕事だった。薬剤をあまりかぶらないようにと、私たちもひさしの広い麦わら帽子をかぶっての作業だった。父の使っている麦わら帽子は消毒剤のボルドー液で真っ青だった。ホップ畑の脇には養蚕のための桑畑があった。両親は消毒が蚕に影響を与えぬようにと、散布時期など気を配っていた。

 前記のページには、「この農薬を散布した後には、リンゴ畑の周辺にドクロ印の描かれた三角旗を立てることになっていたんですよ。」なんて文章も見受けられる。ホップ畑でも、寄生虫を駆除するための茎への塗り薬を塗ったとき、周囲に注意を呼びかける表示を畑の周囲に表示していた。

 当時に比べれば消毒剤など周囲や健康への影響を考慮されてきているとは思うが、この文章に語られている光景は科学農法ではいたるところで当たり前のように行われていることだろう。そこで育った私たちも、特別な疑問も持たずに大人になってしまった。私は今でこそ、そのことについて多少の疑問も抱くようになってはいるが、その先に踏み出しているわけではない。生活に追われつつも本質的なものに真正面から取り組んで長年苦しみ、そして道を切り開いた木村さんの偉大さを思わずにはいられない。

NHKにひとこと

 NHKのナレーションが気にかかる。リンゴ農家の木村さんを「木村は・・・・」と呼び捨てで語っていた。長い苦しみの中でも強い意志を持ち続け自然栽培のリンゴを結実させた、常人にはとても到達できない領域に踏み込んでいるこの方をどうして呼び捨てにできるのだろう。この語り口は大ヒットした「プロジェクトX」の流れかも知れない。しかし、番組の語り手が敬語を使って尊敬を示さずにどうしてその尊さを伝えられるのだろう。ニュースの中の語り口調にも度々違和感を感じている。最近のNHKは何か変だ。