カテゴリー別アーカイブ: 日常

プードルのケーキ

今日(日が変わったので昨日)、東京への出張があったので、終了後神田の古書店に古い雑誌を探しに行った。目当ては山形南高OB合唱団のことが紹介されたという「合唱界」という雑誌。音楽書を扱う古書店に行ってみたのだが、残念ながらなかった。お店の人に聞いても「ありませんね」。店内を見て歩いてみると、もう私たちの20歳台のころの本が立派に古書ですね。それ以上前の本となると本当に少なくなるようです。

 

プードル

 本を諦め、代わりにケーキを土産に買ってきました。神保町駅近くの老舗のケーキ屋さんで、なんといってもこの形が気に入って買いました。大事に持って帰ったのですが、山梨まで持ち帰る途中に耳が少々痛んでしまったようです。持ち帰ってアルミホイールを開くと、なんと足までしっかり形作ってあるではありませんか。味もなかなかでした。

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竹炭

 今日のNHK番組「飛び出せ定年」では、定年後7年間竹炭(ちくたん)づくりに取り組んでいる夫婦を紹介していた。ラーメンを食べるときには水が欠かせない。私たちの近くにあるラーメン屋さんでは水差しの中に竹炭をいれて、おいしい水をと配慮をしてくれている。ご飯を炊くのにも竹炭を入れてるとおいしく炊きあがると聞いたこともある。だから、青竹のイメージと重なって「竹炭」には魅力的な響きがある。
 しかし炭を焼くというのはそう簡単ではないらしい。数々の失敗を重ねながらも、今も一釜で焼き上がる竹炭の中でよいできのものは少ないようである。一釜を仕込んで焼き上がり、じっくりさましてから取り出す。この間の日数も二十何日とかいっていた。釜を開封するときには、釜に向かって手を合わせていた。それから釜の口をこわし、中へ入っていく。作業はタオルでマスクをして行っていた。そう言えばわが家でも炭を焼いていた時期があった。人が入っていって木材を縦に並べ、焼き上がると今日の番組と同じようにタオルでマスクをし、釜の中に潜っていって炭を取り出した。この作業をすると鼻の中は真っ黒だった。番組では中に入った奥さんが口元にいる旦那さんに「これなんかいいんじゃない」といいながら焼き上がった炭を手渡し、受け取った旦那さんは手で表面をぬぐってじっくりとできばえを見ていた。
 竹炭の生産、これもまた奥深い世界のようだ。

手づくり年賀状

 わが家の年賀状はいまだに版画である。もう20年ほど前になるだろうか、「プリントごっこ」という簡易印刷機が爆発的に売れた。製造元の某社はこのおかげで一躍有名企業になったはずだ。この頃、年賀状を版画で印刷している私に、「今時プリントごっこのない家があるのけー」と軽くあしらわれた記憶は今も鮮明である。

 その「プリントごっこ」による年賀状も最近はほとんど見なくなってしまった。「プリントごっこ」もパソコンと家庭用のカラー・プリンターの普及により、ほとんどの家では物置の奥に眠ってしまったようだ。

 そんな中、わが家は今年も時代遅れの版画に取り組み、昨日やっと刷り上がった。年末のわが家の一大行事である。12月になる頃書店に行き年賀状本を漁る。目当ては一つ、「版画に使えそうな見本はないか」ということである。一番よさそうだというものが載っている本を一冊だけ買ってきて、それをまねて版画を作成する。最近はパソコン印刷用の年賀状本が豊富にあり、素材もたくさんあるので助かる。パソコン用のものなら、原画を左右反転させるのも容易で、これもまた版画には便利である。以前は水性絵の具を使っていたが、刷っていると版の溝に絵の具が段々たまってくる。たまった絵の具が、時には印刷ハガキにベトッとのってしまうことがある。だから何枚か刷ると、溝にたまった絵の具を掃除してやらなければならない。ところが、私の友人:Iさんはいつもきれいな版画年賀状を送ってくれる。「どうしてIさんの年賀状はきれいなのだろう」と思いつつ自分の版画には手こずっていたが、ある年、油性の版画絵の具の存在を知った。それ以来、溝にたまる絵の具に悩まされなくなった。

 ゴム版もまた大事な要素の一つだ。以前はホームセンターなどで買っていたが、ある年画材店で買ってみた。一見安っぽく見えたこのゴム版が、柔らかくて実に彫りやすい。細かな部分があるときは断然このゴム版に軍配が上がる。しかしこのゴム版、2年ほど前から画材店の店頭にもなくなってしまった。今年お店の人に聞いてみたところ、「その会社、なくなってしまったんですよ。」とのことである。このような使いやすい材料が消えてゆく、時代の移り変わりである。

カラオケもどき

 親戚でカラオケを買って楽しんでいるという。その親戚に母を連れて行ったところ、カラオケがはじまってしまった。カラオケと言えば膨大な量のテープやディスクから曲を選ぶものだと思っていたが、取り出してきたカラオケはマイクが一本だけ。このマイクをテレビの入力端子につなげば、カラオケが楽しむことができる。マイクにはたくさんのボタンが付いており、このボタンを押して選曲をする。どこに曲(録音)が入っているのだろうと思っていたが、このマイク型の装置の中に数百曲のカラオケが記憶されているらしい。 曲がなり出すと一見普通のカラオケだが、よく聞いているとどうやら少し違う。いろいろな楽器の音に似せてはいるが、どうやら全て電子音楽だ。機械が演奏しているに過ぎない。私たちはこの無機的なカラオケを自然に受け入れて歌を楽しみ、知らず知らずのうちに慣らされてしまう。そう言えば最近は目覚ましや着メロ、挙げ句の果ては風呂の沸き上がりまで人口音声に囲まれてしまっている。ちょっと前までは一目瞭然で電子音とわかったのだが、最近の技術の進歩は始末におえない。ちょっと油断するとしっかりと生活の中にはいり込んでしまっている。

猫はネズミをとらない

 今は自宅で猫を飼う家庭も少ないでしょう。私の家も飼ってはおりません。そして多分多くの方は、「猫はネズミをとる」と思っているのではないですか。


 子どもの頃、私の家の周囲では大抵の家で猫を飼っていました。もちろん放し飼い、そして障子紙には一箇所穴をあけて・・・・。私の家の猫は「チー」という名前で、よくネズミをとるネコでした。ネズミを捕まえると生きた状態で口にくわえて飼い主のところに見せびらかしに来る。居間にくわえてきて、そこで手放し(口放し)、部屋の中で逃げさせては追いかけて捕まえる。さんざん遊んだのち、私たちの見ているところで食べてしまう。見ようによっては残酷だが、しかし当時の私たち人様の間ではこのようにネズミをよく捕ってくる猫がよい猫でした。収穫の多いときには食べきれないネズミを私たちの寝具(布団)の下に隠しておき、これをまた私たちのいるときに引っ張り出して食べたものでした。


 当時、このように立派な(?)猫はよくネズミをとったものですが、一方でネズミを全くとらない不出来な(?)猫もいました。ですから、「わが家の猫はよくネズミをとる」というのはひとつの自慢でもありました。


 私たちが成長するにつれて科学技術もすすみ、猫に頼らなくともネズミを駆除することができるようになりました。要するにネズミの毒餌です。これなら、飼い猫の当たりはずれにかかわらず、どの家も天井裏のネズミの音から開放される。ありがたいことでした。


 ところで、出来のよい猫はこのように人間が猫よりも毒団子に頼るようになったことも知らずにねずみをとり続けました。出来がよいようでも、ねずみのおなかの中に毒団子がはいっているかどうかを見極められるほど優秀ではありません。ねずみの毒は猫の毒、毒入りねずみを食べた猫は死んでしまう運命にあります。その結果、出来のよい猫の血筋はおおかた絶えてしまい、今繁栄しているのはねずみを捕らない猫なのです。


 科学技術は出来のよい猫だけを選んで駆逐してしまいました。今は動物図鑑に次のように書くべきです。


    「猫はネズミをとらない。」

障子貼り

 昨日、障子貼りをした。障子貼りといえば子どもの頃は年中行事、正月を控えた年末に行う子どもの仕事だった。養蚕農家であったためか壁の少ない家で、部屋の仕切のほとんどが障子だった。年末に貼り直す障子の数は多かった。障子紙を最初は快調にビリビリ破き、そのあとは念入りにはげのこった紙をとる根気のいる作業だった。ノリは小麦粉を水で溶いて煮て作り、刷毛で障子の骨に塗る。新しい障子紙は幅が4~50cm程度に決まっていて、1本の障子を貼るのに下から上へ数回に分けて貼っていった。最後には水を口に含んで貼った紙に吹き付ける、これが乾くと貼った紙がピンと張ってくれた。


 それから、飼い猫の通り道として一箇所だけ紙に切れ目を入れておく。猫はこの狭い区画を潜って通り抜けていた。今の家の造りでは、こんな猫への配慮ができない。今の猫は大変だ。(笑)


 今回使用した紙は「アイロン障子紙」、アイロンを当てるとノリが溶けて、冷めると貼り付くというしろものだ。紙は大判で、障子一枚を一気に貼れてしまう。剥がすのにもアイロンを当てれば簡単にはがれる。便利になったものだ。しかしこのノリは紙の全面に塗ってある。使う部分にだけノリを刷毛で塗る以前のやり方から見ると、便利にはなったけれどももったいない部分もあると考えてしまう。貼り終えると子どもの頃と同様に、焼けて黄ばんできていた障子(紙)からよみがえった新しい障子の白の鮮やかさを感じる。

旭川駅


 旭川の駅前にこんな木製の彫刻が立っていた。等身大というよりも更に大きい、迫力あるものだった。表情はよそ行きの顔と言うより、親しみのもてる顔である。脇では自転車族が自転車を組み立っていた。これからおでかけ?

誰か夏の暖房をとめてくれ~!

 今日はこの夏一番の暑さ、盆地は37.7℃だった。すごい暑さだ。こんなとき、標記のことばを思い出す。これは、以前このブログで紹介した本「汚れとつき合う」の中に書かれていたことばだ。


 人間は電気エネルギーをさまざまな形で利用している。電気エネルギーを使ったとき、そのエネルギー全てが有効に利用されるわけではない。効率は必ず100%未満で、残りの部分は全て熱に変わる。エアコンも例外ではない。建物のエアコン(冷房)は、屋内の熱を工夫して屋外に持っていって捨てる装置だ。だからエアコンに使われる電気エネルギーが100%有効に使われた場合、屋内から出ていった熱と屋外に排出した熱が等しくなる。部屋の中では涼しくなって快適だが、簡単に言えば屋内が冷えた分だけ屋外が熱せられる。屋内・屋外をトータルするとプラスマイナス0、つまり人間がさんざん工夫して冷やしたように思っているのだが、視野を広くして見ると全く冷えてないことになる。


 更に付け加えると、効率は100%ではない。ロスした電気エネルギーは熱に変わる。だからエアコンで冷房を行うことは、トータルで熱を余計に出す「暖房」をしていることになる。ビルの屋外機からは熱風が吹き出してくる。エアコンをかけている自家用車は、歩行者にとっては熱風が走ってくるようなものだ。こんなふうにしてみんなが酷暑の夏にせっせと暖房をしているのだから、私たちが子どもの時代に比べて最高気温がグンと高くなり、熱帯夜が続くことなど当然のことといえる。都市部の気温が周囲に比べて高くなってしまう「ヒートアイランド現象」も当然のことだ。


      「誰か夏の暖房をとめてくれ~!」


私もそんな気持ちだ。。

ほたる

 実家の部落の河原に、今年はほたるが非常に多いという。今が見頃、8時か8時半位までだという。そこで今日、家内と母と3人で見に行ってきた。山間の河原で水の流れているところ意外は草が背高く伸びている。橋の上から眺めると、その水の流れに沿ってたくさんのほたるが舞っていた。「ほたるを見るなんて何十年ぶりだろう」なんていいながら、幻想的な世界をしばらく楽しんだ。
 カメラももっていったのだが、残念ながらうまく撮影することができなかった。安いデジタルカメラではうまく行かないのかも知れない。今日はここに写真を載せられるかと思っていたのだが・・・・。

賢治童話のオペラ

    オペラ「注文の多い料理店」と歌のステージ


 という舞台を見に行った。いうまでもなく、「注文の多い料理店」は宮沢賢治の作品である。宮沢賢治の童話はおはなしのストーリーだけでなく、その背後に流れている何かを感じることができ、その世界に非常に魅力を感じる。しかし彼の作品をオペラにしてしまって、その「独特な世界を表現できるのだろうか」という気持ちを抱きながら観にいった。  舞台装置はシンプルで、壁やドアを抽象的に表現したと思われる木製の枠がいくつか並べられ、これを通り抜けては「料理店」の次の間に入っていくのだった。この劇団は西洋的なオペラと言うよりはむしろ日本語のことばがよくわかるようにという意図を持って唱い、演じて活動していることがパンフレットに紹介されていた。たしかに歌の中でもことばがよくわかり、子どもの多い会場で子どもの笑い声がよく聞こえていた。  しかし、初めに述べた賢治独特の世界を表現できたかというと疑問だ。その世界は人の心の中で想像を膨らませて感じることができるものなのかも知れない。それが、おはなしにメロディーがついてしまうことで、簡素な語りから想像を膨らませることができなかったような気がする。演目が賢治作品なら、やはり賢治独特の世界を感じ取りたいものだと思う。