カテゴリー別アーカイブ: 音楽:私の音楽ノート

ミニコンサート 2016

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北杜市立小淵沢図書館主催の「ミニコンサート 2016」に行ってきました。「さらりと音楽談義」の藤原先生の娘さんはバイオリニスト、息子さんは大学4年のチェリスト。この二人に娘さんの同級生だったというピアニストを加えた3人のコンサートです。会場は生涯学習センター小淵沢大ホール。

以下プログラム。

 

プッチーニ  「私のお父さん」
モーツァルト 「ヴァイオリンソナタkv.301より 第1楽章」
サンサーンス 「白鳥」
シューマン  「幻想小曲集」
ハロルド・アーレン 「虹の彼方に」
シューマン  「ロマンス」
サラサーテ  「ツィゴイネルワイゼン」
モンティ   「チャルダッシュ」

 

演奏者自らの司会・進行ですすみました。
1曲目は3人の合奏、これはピアノ三重奏というのでしょうか。
このあとまずは弟さんからお話、このコンサートは今年で9回目、中学生の頃から続けてきたのだそうです。私たちは初めてだったのですが、この地の方達にとっては毎年のお楽しみコンサートだったようです。それから昨年までは図書館入り口のオープンスペースで行っていたのが、今回はじめてこのホールに会場を移したとのこと。

その後、ヴァイオリン-ピアノ、チェロ-ピアノ、ヴァイオリン-チェロ-ピアノと次々に編成を変えてプログラムがすすみました。聴き知った曲が奏でられるとほっとする私は、「白鳥」のメロディ・「虹の彼方に」など特に聴き入ってしまいます。「ツィゴイネルワイゼン」はエルマンのCD・LPでよく聴き続けてきた曲です。これはいろいろなテクニックを駆使する曲で、「それも見て楽しんでください」との紹介。録音でしか知らなかった曲が視覚的なものも含めて改めて「あー、こういく曲だったんだ!」と。それから、生で聴くと「迫力あるなー!」とも思いました。

アンコールも演奏してくれました。小田和正の「ことばに出来ない」、それから「浜辺の歌」「赤とんぼ」「ふるさと」と日本の3曲のメドレーで終わりました。

トータルで1時間ほどのミニコンサート、無料で聴かせていただいて満足感いっぱいでした。

 

第16回さらりと音楽談義

今月も行ってきました、さらりと音楽談義。今回のモチーフは「音楽会の運営」。

 

16th%e9%9f%b3%e6%a5%bd%e8%ab%87%e7%be%a91今回も座席を円形に配置した中央には花が飾られています。

8月はお盆の時期と重なって参加できず9月は台風の影響で中止、3ヶ月ぶりの参加でした。でも前回の台風による大雨の時にも集まれる人たちだけでお話ししたとか。前回のモチーフ「音楽と政治」を「聞きたかった~!」という欠席者の声もあり、今回はかなり「音楽と政治」よりの話題となりました。

音楽会・イベント等を自治体が運営することもあるとのことから話が始まりました。この音楽談義の会場は南アルプス市内、この市は6町村が平成の大合併で誕生したのです。合併前の旧町に白根町があり、この町には音楽ホールの「桃源文化ホール」、そしてその中には何と立派なパイプオルガンが備えられているのです。当時は補助金がでたので各地で競争のようにホールを建設したのだそうです。そしてそのパイプオルガンを巡っては多分に政治的なものがあるようなのです。なんと言っても高価なものですからね。関連書籍も持ってきて見せていただきました。

  「いやしの楽器パイプオルガンと政治」 草野厚著 文藝春秋

 パイプオルガンの製作者は英語ではメイカーではなくてビルダー(パイプオルガン・ビルダーと呼ぶ)なのだそうです。製作者というより建設者、作るというよりは建築するものということでしょうか、何とスケールの大きさを感じさせることでしょう。

先生によると楽器というのは使ってこそ動かしてこそのもの、自動車などと同じように使っていなければ良好な状態が保てないのだそうです。その高価なパイプオルガンが眠っていて稼働率は非常に低いのだそうです。「月一回だれでもさわることができる、なんてことが出来ないかな?」といった声があがりました。

参加者の一人が所有するバリトンサックスを持参してくれました。「先生のヴィオラ・ダ・モーレと合奏できないか?」という意図だったそうですが、調が違う楽器で合奏するのは大変なことなのだそうです。でもせっかくだからとの皆さんの希望もあり、休憩時間にソロでその音色を聞かせていただきました。「見上げてごらん夜の星を」・「ムーン・リバー」。やわらかい音色にみなさんうっとりでした。先生の説明で、サックスは歴史の浅い楽器、金管の同族の楽器で行う弦楽四重奏と同じことをしようとして作られた楽器なのだと教えられました。そういえばサックスにはソプラノ・アルト・テナー・バリトンとありますね。バリトンサックスは弦楽四重奏ではチェロに相当する役割なのだそうです。

後半には「絶対音感」も話題にあがりました。「音楽に限らず『絶対』はあり得ない」と。音楽療法も含めて疑問が投げかけられました。話がさらに進んで音の表現に、ドイツ音名についてていねいに説明したいただきドイツ音名が簡潔にその音を表現できることを知りました。私たちは分離唱等を通して当然のように使ってきたドイツ音名も一般には大変馴染みの少ないものなんですね、知らなかった。ハ調のシがH(ハー)でシの♭(フラット)がB(べー)、何でそうなったのかずっと疑問に思ってきたこともうかがうことができました。どうやらB(べー)という音名には♭(フラット)の意味が込められているらしいのです。

最後はバリトンサックスと先生のピアノの合奏を、先生が「何でも吹いて、合わせるから」と。先生が即興的にピアノを弾いていて「いつでもどうぞ」と待ちかまえているのですが、サックスの方はなかなか入れない、その気持ちわかりますね。でもやがて2つの楽器が響き始めました。「愛の讃歌」、そしてヘンデルの「ラルゴ」。よい雰囲気に先生から「これで終わり」との話になりましたが、やっぱり先生のヴィオラ・ダ・モーレが聴きたいとの希望で「真赤な秋」・「小さい秋」を聴いて一緒に歌ってあっという間の2時間を終えました。

 

16th%e9%9f%b3%e6%a5%bd%e8%ab%87%e7%be%a92参加者にはミカンとサツマイモを使った手作りの蒸しパンが用意されていました。嬉しい心遣い、感謝です。

声楽の夕べ

さらりと音楽談義の会場:南アルプス市市民活動センターを会場にして以下の演奏会があり、聞いてきました。

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南アルプス☆セレナード vol.6
南アルプス市ゆかりの音楽家三人が奏でる声楽の夕べ
ソプラノ 亀澤望微
テノール 芦澤真一
ピアノ  栗原香織

プログラム

ヴェルディ作曲 オペラ『椿姫』より「乾杯の唄」
やなせたかし作詞 木下牧子作曲
__「ひばり」「ロマンチストの豚」「犬が自分のしっぽを見て歌う歌」
武満徹作曲
__「うたうだけ」「島へ」「小さな空」
久石譲作曲 「Stand alone」
ミュージカル『オペラ座の怪人』より 「All ask of you」
サルバトーレ・カルディロ作曲 「カタリカタリ」
ヘンデル作曲 「私を泣かせてください」
F.サルトリ作曲 「君と旅立とう」

 

私は声楽にはあまり馴染みがありません。「乾杯の唄」、私にとってこの曲は映画「オーケストラの少女」で印象深いのですが、またちょっと違った趣でした。やなせさん作詞の曲、「あのアンパンマンの・・・・」で始まった曲の紹介、こうして話してくれると楽しいそれぞれの曲が一層楽しくなります。久石譲「Stand alone」はドラマ「坂の上の雲」の主題歌としてうたわれた歌。「カタリカタリ」、イタリア・カンツォーネとして聴いてはいましたがこういう恋の歌だったとは・・・・。

主にソプラノの亀澤さんの司会・進行ですすみました。曲目は声楽に馴染みの薄い人でも聴いたことのあるようなものを選んで構成されていたようです。しかも親しみのある解説付き、オペラとミュージカルの違いに触れてくれたり、演奏者の方の学生時代のことなどちょっと話してくれたり。美声の歌声に聴き入ると同時に楽しいスピーチもあり、あっという間の1時間半でした。フロアの小さな部屋にぎっしりと椅子を並べて間近で聴くのもまたいいものですね。

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ピアノ調律

%e3%83%94%e3%82%a2%e3%83%8e%e8%aa%bf%e5%be%8b我が家のピアノを調律しました。今年3月に何年ぶりかで調律したのですが、定期的に調律していればいいのだが長く調律していない場合はピアノの音が落ち着くまで半年ごとくらいに調律が必要とのこと。先日調律師さんから、「半年になりますがどうですか?」と声をかけていただき、早速お願いしました。

今回調律をはじめたところでいわれたことは、

「音の戻り具合は想定の範囲内ですね。」

さいわいにもさほど重症ではなかったようです。よかった~。
ピアノ内の湿度は50%程度が望ましいのですが、オープンキッチンの近くということでご心配をいただいていたようです。

「言われたとおりタンス用乾燥剤を入れておいたんですよ。」
「それが(も)よかったのかもしれませんね。」

とのこと。

「この様子では次回は一年後でよいでしょう。」

と、うれしいことばをいただきました。調律のあともちろん乾燥剤を購入、取り替えておきました。

もうひとつの「梨大合唱団OB・OG会」

私達よりも5年ほど若い学年が中心となって行っているOB・OG会の案内をいただき参加してきました。こちらは全くの唱う会、会場は甲府市のあるショッピングセンター脇の学習塾の教室です。学生時代の練習室をとろうとしたけれども、大学のオープンキャンパスのため利用できなかったとのことです。

集まったのは女性10名・男声16名、計26名。それから佐々木先生の奥様と二人のお嬢様。OBとしては何と私が最年長(笑)、そして国分寺のメンバーのHさんとその同級生で40年ぶりの再会となるSさん、昨年まで一緒に唱っていたSさんもしばらくぶりの再会でした。私のなじみのある方はここまで、年代の違いを感じさせられる私達から見たら若い世代の会でした。

事前に、楽譜は讃美歌と緑(青)の本を持ってくるようにとのこと。緑(青)の本とはのばら社の「混声合唱名曲選」のこと。でも讃美歌も愛唱歌もこの会の主要メンバーがコピーを作ってきてくれました。一人は拡大コピーで、もう一人は縮小コピーで。縮小コピーしてきた方、「おまえな、メンバーの歳を考えろ。縮小コピーなんてとんでもない。」とお叱りを受けたそうです。でもこうして何人もの人がこの会を楽しみに楽譜を用意してくるなんていいですよね。それからソフトドリンクが用意されていたり各地からの甘味の土産が並んだり、それぞれの心遣いがうれしいな。

OB会1
OB会2

 
午後2時、会が始まりました。6月のOB・OG会にも見えたKさんのリードで、用意された電子ピアノをつかってまずは分離唱。それから讃美歌310番しずけきいのりの。唱い始めると久しぶりのその響き、感激です。「あ~、梨大の合唱だ~!」と。次々と讃美歌を十数曲それから山田耕筰や愛唱歌等々、途中休憩を挟んで2時間ほどがあっという間でした。

4時をすぎた頃、集まったメンバーそれぞれのちょっとしたスピーチ、学年ごとにまとまって前に出て話します。我々のOB会でもいつも時間を費やしてしまうスピーチ、こうするとちょっと効率的で一工夫ですね。一番年上の私がトップバッター、そして3学年下が2人、多い学年は5人ほどが並びました。そして一番最後は1年時にだけ佐々木先生の指導を受けた最後の学年まで。こうして集まってくるって言うのは、1年間だけでも佐々木先生の合唱が印象深かったんですね。何十年ぶりかで唱ったSさん、「楽譜を見てこれは知らない曲歌ったことのない曲と思うんですけどね、唱い始めると自分でも唱えてしまう。不思議な感覚です。」なんて言葉が印象的でした。先生の奥様とお嬢様にもお話しいただいた後残り20分ほど、また唱い始めました。久しぶりに唱った学生歌、それから唱い残した讃美歌などなど。

会場の時間制限もあり予定通りに5時で終了。次回の話もありました。団内カップルも何組かおり県外の方でも奥さんは山梨出身の方が多いとか。この会はそういう人たちが集まって唱えるお盆の時期に始まったのだそうです。お盆の時でなければ参加できないという人とお盆の時では参加できないという人がおり、今では一年ごとにお盆の時期とそれを一週間ほどずらした時期と、かわるがわるに開催することになっているのだそうです。今年はずらした年、そして来年はお盆と時の順番になるとのこと。来年は出られるかな~?

OB会3

多くの方はこのあと懇親会に向かったのですが、私はそちらはパス。40年ぶりのSさんも懇親会不参加とのことでしたので、せっかくの機会と二人で食事をしてゆっくりと話す時間をもてました。嬉しい一日、声をかけていただいた方達に感謝です。

第13回さらりと音楽談義

13th音楽談義1

今月も行ってきました、さらりと音楽談義。今回のモチーフは「組織」。

まずは主催者から、藤原先生の息子さんがチェロコンクールで優勝したとの報告がありました。兵庫県養父(やぶ)市にビバホールという音楽ホールがあり、そこを会場として開かれているコンクール。小さな町ではじめたコンクールが、今や国際的なコンクールに育ってきているのだそうです。資金的に支える人はもちろん、多くのボランティアの存在もあって続いているコンクール、アートの文化が大きく育ったのです。
他の地域のイベント・団体・コンクールにも話が及びました。

・今は名称が変わってしまいましたが、有名な齊藤記念オーケストラはそのイベント開催・運営のためにつくした一個人がいる、その方がいてこそなのだそうです。
・沖縄では沖縄電力・沖縄タイムス(新聞社)・南城市が一体となって開催している新人演奏会オーディションがある。
・湯布院にも音楽祭があり、長期的展望に立って組織的に取り組んできた。
・アメリカのコンクールでは資金提供者の名前が出てこない。
・米IBMは発足当初から「利益の8%を社会還元(社業と関係ないところへ)する」という社是があり、日本IBMも同じ方針だという。

等々、音楽文化を育て高めるための組織や見返りを求めない支援者のことを伺いました。

話はかわって、藤原先生の所には同じサイズのヴィオラ・ダ・モーレが4台あるそうです。最初の楽器は神田カンパニーからはなしがあったとか。神田カンパニーというのは海野事件の会社だそうです。そういえば一時話題になりましたね、海野事件。その神田カンパニーでチェコからビオラを輸入したが開封してみたらヴィオラ・ダ・モーレだったということで藤原先生に話があり、購入することになったとか。いったいいくらだったんでしょうね。これを修理に出したことがきっかけで、その業者さんが作った別の楽器が引き取り手が亡くなって藤原先生の所に廻ってきたりと、不思議なご縁で手元に同じ楽器が4台になったとのこと。でも共鳴弦の響きの残り具合などそれぞれ個性がみんな違うのだそうです。2台の楽器を弾き比べていただきましたが、素人の私にはわかったようなわからないような、です。

話を聞いていて思ったことがありました。齊藤記念オーケストラのためにはたらいた人のことを伺っては、山形のFさんのこと。分離唱の合唱に一生懸命なFさんのまわりはいつもハーモニーがあります。なんといってもすごいのは一緒に唱っている団体名にFさんの名前がついてしまったこと。決して指導者というわけではないFさんへの団員の方々の信頼の厚さはすごいなと。

来月の音楽談義は16日、お盆の時で残念ながら我が家は参加できそうもありません。次回は2ヶ月後か~(泣)。

13th音楽談義2

日本人の耳をひらく

日本人の耳をひらく日本人の耳をひらく
聴覚がもっている不思議な力
傳田文夫
祥伝社

 ネットで「耳をひらく」というキーワードで検索するとこの本の名前がヒットします。長いことそれを見ていたのですが、我々の間で使われた「耳をひらく」という言葉とは関係がなさそうだと深入りせずにいました。ところが先日知り合いからこの本をいただきましたので早速読んでみました。

我々の生活は騒音・雑音があふれている。それを無意識に聞いているが、改めないと・・・・といったことがわかりやすくていねいに説明されていました。それから日本語特有のリズムが日本人の音楽やらスポーツやらいろいろなところに影響を及ぼしていることも、この本の中の大きなテーマでした。でも文中に「耳をひらく」ということばが登場するわけではありません。どうやら「耳をひらく」ということばが著書の内容をうまく表す表題として使われたようです。

書かれている内容はなるほどなるほどと頷けることばかりです。でも私達にとって音楽する上で特別な意味合いをもっている「耳をひらく」ということばが全く違う理性的なところで使われているようで、どうしても違和感が残ってしまいます。

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「クロイツァーの肖像」

クロイツァーの肖像クロイツァーの肖像
日本の音楽界を育てたピアニスト
萩谷由喜子
ヤマハミュージックメディア

 甲府の大きな書店で見つけ、購入しました。私はかなりのクロイツァー・ファンですから、こういう本を見つけるとうれしくなってしまいます。表装も気に入りました。

ロシア革命、ドイツの戦争と歴史に翻弄され、ロシアからドイツの楽壇での活躍を経て日本に渡ってきたクロイツァー、でも日本でも十分な活躍の場を与えられたわけではないようです。さらにはドイツと同盟を結んでいた日本でのこと、ユダヤ系のクロイツァーには社会から隔離されるなど試練の時期があったそうです。でも戦後も日本に残って音楽界を育てたクロイツァー、日本を愛していたんでしょうね。

最終章はクロイツァー没後の豊子夫人のこと、この本の執筆のきっかけはクロイツァー夫妻の養女涼子さんの依頼によるとのこと、その依頼の中には「豊子夫人のことも書いて欲しい」ということもあったのだそうです。先日、知り合いから豊子夫人のCDを聞かせていただきました。「クロイツァーを尊敬し信頼してたんだろうな」と頭をよぎりました。

一読してみませんか?

さらりと音楽談義(第12回)

12th音楽談義2

1週間たってしまいましたが、さらりと音楽談義の報告です。6月のモチーフは「自然リズム」。

今回は少し遅れてしまいました。多分先生の演奏があったと思うのですが、私たちが会場に入ったときにはもう談義の真っ最中。

「演奏するのに『力を抜け』と言われるけれど、むしろ「いつも力が抜けていて何時力を入れるか」という形でアドバイスすべきなのでは」

と藤原先生。

「普段リラックスしている状態をより深くしておくとよいのでは」

と、これは「ゆる体操」を教えている若者。
演奏会に送り出すとき、日本人は「頑張れよ」と声をかけるがアメリカとかでは「リラックス」と声をかけるとか。
こんな議論を聞いていると、私達の音楽体験に不可欠であった「聴く」「耳をひらく」という言葉が思い浮かびます。周囲の音が自然に聴こえてくる、ハーモニーの中で自然に唱えるというようなこと。本当は簡単なこと、でも「聴こう聴こう」と思ってもなかなか聴けない。少しずつ少しずつ「聴く」ということの理解がすすんでいったように思います。リラックスすることの難しさ奥深さが「聴く」ことと重なってきます。

指導は「褒めて伸ばす」というようなことも話題になりました。最初は「素晴らしい」と言ってあげて、それからいろいろと注文を。「結局、褒めてないんですけどね。」と藤原先生ならではの笑わせながらの展開です。そんな中から小澤征爾さんの「N響事件」なんてことにもはなしが及びました。

日本の音楽教育を受けてオーケストラに入って外国人と一緒に演奏してみると、自分が習ってきたことと全然違うものに気づく。しかし、違うんだけど何だかわからない。このあたりからリズムの話になりました。

・日本人はメトロノームが基準、欧米人は伸び縮みがある。
・日本人は音楽が理屈じゃないのに理屈をならって理屈に合わせようとする矛盾に陥っている。
・機械的リズムは行き着いたところではない。
・機械的じゃないと全部マチガイというような考え。
・欧米的なゆらぎを持っている人(とはいっても地球人ならみんな持っているはず)。
・音楽は時間芸術、美術は空間芸術。
・音楽の「時間の構図」は、美術の「空間の構図」に置き換えることが可能であろう。
・機械的なものから自然のリズム・昔から受け継がれているリズムに近づいていかないとならない。聴く人も自然のリズムがあるから共感できる。
・「こうじゃなくちゃ」というの全くない。

などなど、藤原先生の言葉でした。このようなお話の中に一貫して自然のリズムのこと、リズムのゆらぎのことが語られているようです。

はなしも盛り上がって今回は終了時間をかなりオーバー、そのため最後の先生の演奏はなし、残念! でも先生から語られる音楽の世界、興味深く充実した時間でした。

12th音楽談義1

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第10回さらりと音楽談義

10th音楽談義いつも会場に花を用意してくれています。今回は矢車草の籠を中央に、それを取り囲んでの音楽談義です。

熊本の震災直後です、まずはスタッフから募金の呼びかけがあり、先生からも滝廉太郎は幼少時は竹田市で暮らした、その竹田市の城山も崩れたといった情報も紹介され、被災地に想いを向けつつ音楽談義が始まりました。今回のモチーフは「リズムはゆらぐ」。

まずは先生から、「音楽は大宇宙から受けたリズムで成り立っている」というふうな話がありました。科学は自然を損なうべきではない、(人間の)寿命を全うするように尽くすものであるべきだ。ボタンを押せば食事が出てくるというのは決して便利なことではない。人が動かないで健康になるはずがない。しかし今の科学は全うすべき寿命を縮めているのではないか。ロボットに感情を埋め込むなんて・・・・。ロボットが高校に入学したと言うが・・・・。

先生から「リズムをどんなふうにとらえていますか?」と投げかけがありあました。ある方からは「調子」と、そうして別の方は「鼓動」。「うん、なるほどなー」と感心しながら聞いていました。先生が「余り一つの話題をひっぱてもねー、これが答えというわけではないけれど」と話し出してくれました。古代ギリシャでは「流れ」・「形」をリズムと言った。リズムは決して音楽用語ではなく空間のリズム、時間のリズムなどがあり、時間のリズムの中にあるのが音楽。リズムはあらゆる事物に関連することば、あらゆる事物に使っていいことばなのだそうです。

建築の仕事をされている方が音楽と深くつながっているような話題を提供してくれました。建築につかわれている黄金比のこと、屋根の反り、揺れるからこそ耐久性が得られるやじろべえのこと、そしてそのはなしの続きとして音楽のリズムをメトロノームに合わせてはダメだと言うことに至りました。でも音楽教育ではメトロノームのような一定のリズム、何拍子だから何拍目を強く、といったことを学習する。それを忘れたり捨てたりしなければ音楽にならないことなどに話が及びました。

10th音楽談義2

休憩時にはロールケーキと紅茶を用意してくれました。その時間、先生が「前衛を!」とひとことつぶやいてピアノを弾いてくれました。やさしい感じで始まったのですが、突然驚かされるような音が入ってきたりして度肝を抜かれる感もありました。でも、私は気づかなかったのですが演奏の中には「あんたがたどこさ」などの童謡や荒城の月をアレンジして織り込んであったのだそうです。その演奏の感想を含めて参加者一人一人が一言ずつ語っていったのですが、多くの方がこの演奏から震災をイメージしていたようです。

一人の方が質問しました。「ベートーヴェンの運命の冒頭、指揮者によって演奏が非常にちがうが、そういった演奏はどこまで許されるのでしょうか?」と。先生のお答えは「マチガイ以外は全部正解」。どうやら楽譜というのは音楽をがんじがらめに制限しているものではなく、かなり自由度がある最低限の決まりであるようです。「演奏を聴いて、どういう意味を表しているか考えてしまうが・・・・」との質問には、「それはそれでいいのではないでしょうか。」とのこと。音楽に向き合う考え方、感じ方などひとそれぞれ違っている、そのことを尊重してくれる先生なのだなと感じました。

このあたりでタイムリミット、最後はやっぱり先生のヴィオラ・ダ・モーレの演奏で締めてくれました。振り返ってみると今回のモチーフ:「リズムはゆらぐ」その話題をしっかり話し、聞いていたんですね。