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毎週水曜日

この年、先生は水曜日の練習に毎週みえた。奥様と幼い娘さん二人をつれ、自家用車でである。それから当時ちょっとしたヒット商品であったろうが、ソニーのカセット・デンスケという革製ケース入り携帯用のカセットデッキを肩から下げてきた。そして、いつの練習もこれに録音されていた。

70才超の先生にとって東京からの運転は大変なことだったと思うが、私たちの合唱団に本当に情熱を注いでくれたと思う。それだけに、練習には厳しかった。特に旋律を唱うソプラノには厳しかった記憶がある。先生の指導は技術的なところではなく、むしろ人間的なところに向けられる。印象に残っている言葉としては、まず第一に「聴いて聴いて」だ。この年、先生は徹底して「聴く」ことを教えてくれたように思う。それから「お話しとおんなじだよ」ということ、「聞いている人に言葉がわからなければいけない」とも言われた。「うたやいいんでしょ」という乱暴な唱い方を戒められ、小さな声でそっと唱ってみせて曲の中で語ることを教えてくれた。そして良くないときには「全く冷淡だよねー。」とため息をつくように言われた。だから先生からは音楽と一緒に人間的な部分、人間性というようなものについて教わった気がする。

取り組んだ曲

この年、私たちが取り組んだ曲目は全てア・カペラのものだった。ほとんどが1ページから2ページの小曲である。楽譜は増田順平編曲の「からたちの花」という混声合唱曲集、のばら社の「混声合唱名曲選」、それから先生が編曲してくる数々の楽譜であった。4月からそれらを「これ、やってみよう」と次々と譜読みをして、この年に取り組んだ曲数は70曲以上にのぼったように記憶している。この前書いたように、私たちの譜読みは大変合理的で全く苦にならなかった。この年在籍したメンバーは分離唱で耳を鍛えられると同時に、譜読みによっても耳が鍛えられたのではないかと思っている。

 

混声合唱名曲選
からたちの花

 

 

分離唱による合唱団の誕生

佐々木先生を指導者としてお迎えしたのは1973年4月からです。以前は県内のその世界では有力な指導者のもとでコンクールへ出場し全国大会に出場したこともあったそうです。しかし72年度は外部指導者なしで活動していました。そして指導者のいない活動に限界を感じて、次期の中枢をになう学年の人たちから指導者を呼びたいという声があがったのです。

団員の中に一人、佐々木先生のお弟子さんのレッスンに通う方がおり、その方の関係かと思うが72年の5月ころ一度先生にご指導をいただきました。そしてこの年の11月、次期学生指導者に決まっていたAさんが、先生が長年指導していた山形南高校OB合唱団(男声合唱)の定期演奏会を前述のお弟子さんらとともに山形まで聞きに行きました。このコンサート、Aさんにとっては衝撃的だったそうです。とにかく「初めから終わりまですべてハーモニーの連続だった、すごい!」というふうなことを聞いた覚えがあります。感激して先生と握手をしてきたというようなことも聞いたように思います。

そんな背景もあり、73年から先生の指導を仰ぐことになったのです。

練習風景

合唱団の練習はまず分離唱を数分、それからハミングでカデンツを行いました。その後はもう合唱曲を唱います。一般的な練習で行う発声練習などは一切なしでした。

新曲の練習はピアノの上手な人が全パートをピアノで弾きます。団員はこのピアノを聴きながら、楽譜を見て自分のパートを歌詞で唱います。はじめはゆっくり弾いてくれたように記憶しています。数回ピアノと一緒に唱ったあと、今度はピアノ無しで唱います。これで譜読みは終わりでした。パート練習など全くなく、単音で音をとることもなく、はじめからハーモニーの響きの中で練習できる実に合理的な譜読みでした。

もう二十?年も合唱から遠ざかってしまい思い出の中のものではありますが、こんな合唱風景が私にとってスタンダードです。職場などでどうかすると合唱をしようかなどということになることがあります。そんなときはピアノが弾ける人がいると「アーアーアー」と発声練習を楽しそうに始めます。譜読みと言えばパート練習、自分のパートを覚えてから合唱というのが決まったパターンですね。楽しそうに唱っているのをみると「みんな合唱が好きなんだ」と思うのですが、私にとっては異質なものと感じてしまい、一緒に楽しめない自分が寂しくもあります。

分離唱

このブログのはじめに書きましたが、私たちは「分離唱」という一般にはなじみのない音感訓練をもとにした合唱をおこなってきました。

「分離唱」は私たちが指導をいただいた佐々木基之先生が考案された指導法です。指導者が3音からなる和音をピアノで次々とたたき、その中の1音を指示して、ドイツ音名で和音に合わせて声を出させるというものでした。ただし、先生の指導は「聴いて聴いて」と言いながら分離唱を行われましたが、分離唱の感覚的な世界を言葉で説明することは一切ありませんでした。人それぞれ自身で感じ取っていくべきものということだったのかも知れません。

はじめはこの和音の中の指定された音がよくわからなかったのですが、この訓練をしていればやがてはそう難しいことなくわかるようになります。和音の中の音がわかるようになる、これも分離唱の大きな成果だと思います。先生の指導が始まってある程度期間が過ぎてからのことです。部室にも古いピアノがありましが、あるとき先輩がこのピアノを使って自身で分離唱をハミングで行っていたとき「自分の声がピアノの和音と一体になる」と驚きの声をあげました。そこで私たちも試してみました。たしかにピアノの和音をゆっくりたたいてよく聞きながらハミングで声を出すと、和音が自分の周りにやって来て響きに包まれたような感覚になります。これが分離唱の本質かと思ったものでした。しかし、先生の分離唱はピアノの和音を決してゆっくりたたくわけではありません。分離唱の受け手の感じとしては、音を「探す」とか「合わせる」というのではなく、「ただ聴いて声をだす」「和音に身をまかせる」というようなもののように今は感じています。私の友人は仲間同士で分離唱の指導を行っている際にその指導に対して突然、「出している声を聴くんではないでしょ、聴こうとする心を聴くんでしょ。」と言い出しました。指導者は分離唱の受け手の「聞こうとする心を聞く」、すごいことをいうものだとも思いましたがこの言葉こそ分離唱の本質に迫っているのではないかと思ってます。