カテゴリー別アーカイブ: 音楽:私の音楽ノート

今年は、「ハモる同窓会」③

翌日は6:30起床、朝食は7:30からということでしたのでやはり朝ウォークに出かけました。JR清里駅まで上り坂、そしてそのあとは線路沿いに小淵沢方面に。涼しい清里で1時間弱、5km超のウォークでした。

朝食後、残った10人で萌木の村を1時間ほど散策。一番印象的だったのは雑木の肌や小枝を生かした、ソリをひくトナカイ。折角ですからここで記念写真。

萌木の村1

トナカイは先頭が大きく、だんだんと小さく作ってあり、遠近感を演出していました。
周辺の建物のバルコニーや窓々には花がきれいに飾ってあります。こういう演出は観光地ならではでしょうか。
萌木の村2 萌木の村3

それから遊歩道脇のアート。様々にリスがあしらってあり気に入りました。
萌木の村4 萌木の村5

ウォークの後残ったのは7名、ちょっと離れていますがカレーの美味しい「珈音」さんに足を伸ばして昼食。かつての録音をBGMとして2時間ほどのゆったりした時を過ごして解散しました。

 さすがにこの日は寝不足もあり唱いませんでしたが、今回のOB会、今までになくうれしい響きに触発され参加した皆さんもかつての情熱が戻ったかのようによく唱いました。初めの分離唱・カデンツと耳をすましてのハーモニーから、唱っていくと徐々に耳がおろそかになっていくのは避けられません。でも私達の願いの「ハモる同窓会」、今年は実現できたかな。久しぶりに再会する人たちで40年も前に唱ったア・カペラ曲を何十曲と唱えるのもハーモニーの中で唱っていたからこそなのでしょう。学生時代に当たり前のようにあったハーモニーのある生活、それから遠ざかった今もこうして集まりハモれることはうれしいことです。

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今年は、「ハモる同窓会」②

さて、本来のメインイベントの夕食会です。最上学年の方の音頭で乾杯などちょっとしたセレモニーのあとしばらく歓談、そして恒例になっている参加者個々の近況報告。これがまた長くなるんですよね、進行係としては長くならないようにとちょっとは釘をさしておくのですが。全員が定年退職年齢を過ぎていますが、仕事のこと、家族のこと、音楽その他趣味のこと、それぞれが抱えている健康上のこと、健康法等々話し出すと止まりません。でも夫妻(団内結婚)で参加の二組は一緒に話してくれて、これで進行におおいに貢献していただきました。先生のご家族にもおはなししていただき、それから持参した当時の写真がまわってきたり、娘さんの仕事の関係でこの時期には珍しいブドウ(巨峰かな)が配られたり、2時間半ほどのなごやかな楽しい時間でした。

そしてまた唱いはじめました。もう一人の当時の学生指揮者Aさんのリードです。数曲唱って最後の曲はやっぱり讃美歌「夜はふけわたにぬ」。宿泊せずに帰る方はタイムリミットとなり、みんなで庭に出てお見送りして夜10時。ここで一旦各自宿泊室で就寝の準備を整えて(ここはこれがセルフサービス)また集合。

男声が6人ほど戻ってきたところで男声合唱がはじまりました。

Adoramus Te
夏の夜の星
今は若き子
すすき
聖なる心にのみ
Aura Lee
進めわが同胞よ
Standchen
Zum Sanctus

これで用意した男声合唱の楽譜全曲、途中から宿泊する男声が全員揃って9名で唱いました。それから女性も集まってきてまたまた混声、唱いはじめました。12時頃一旦お開きとして楽譜を回収しマイカーに積み込んでしまいました。このあとは残りたい人が残って酒を酌み交わしながらの歓談の時間かと思っていたのですが、楽譜がなくなっても「こんな歌があったよな」、「こんな風な曲、どんなだっけ」なんて言いながらまた唱い出すのです。結局一旦しまった楽譜をまた持ち出して1時すぎまで。

OB会4

これはその午前様の風景、まだ楽譜を手放せずにいます。最後は「オレもう駄目、先に寝る」という人が一人出たところで本当のお開きとなりました。

どこでどの曲を唱ったか、記憶が定かではないのですが、「これは唱ったな」という曲はこんなところかな。

よろこびの歌
今様
荒城の月
浜辺の歌
背くらべ
汽車ポッポ
叱られて
洗濯ばあさん
中国地方の子守歌
埴生の宿
平城山
はるかな友に
待ちぼうけ
山河抄

以上、用意した楽譜ア・カペラ曲ばかりの61曲中57曲、よく唱いました。

今年は、「ハモる同窓会」①

毎年恒例となっている梨大合唱団OB・OG会が先日開催されました。今年は山梨県北杜市清里に会場を移しての開催です。何と言っても宴会場にグランドピアノがあること、そして窓は二重サッシでこの部屋が夜遅くまで使えるのです。「歌う同窓会にはぴったりの会場」と、ここに決めました。

さらに今年は恩師:佐々木先生の奥様と国分寺の合唱の指導者でもある娘さんにも参加いただきました。残念ながら先生のご家族は日帰り、そこで今年は「午後4時には唱いはじめましょう」とその時刻に集まったのがこの人数。いつもは集まったところで楽譜の差し替えをするのですが、今年はその時間を節約しようと楽譜の準備は終えてきたのです。このように座卓の上に小皿・箸・おしぼり・カセットボンベなどが並べられて配膳を待つ会場で唱いはじめました。
OB会2

はじまりはもちろん分離唱。そのスタートは佐々木先生の娘さんにリードをお願いしたのですが、まずは当時幼年だったMさんが国分寺の合唱では今指導者であることを紹介しました。分離唱の時間もいつもの指導に比べてたっぷり時間をとったように思います。そしてカデンツ。ウーン、なかなかいい響き。それから讃美歌を唱いはじめました。先生が梨大に見えて一番最初にやった讃美歌「ガリラヤの湖畔」、こうして曲になってもかつての響きを思い起こされるものでした。つづけて、

主よこころみ
しずけきかわの
むくいをのぞまで

ここからは用意した曲集を順に、

みどりもふかき
ゆけどもゆけども
しずけきいのりの
いつくしみふかき
つかれしものは
主よみもとに
かいぬしわが主よ
夕日はかくれて
ナルドのつぼ
神ともにいまして
みたまなるきよき神
こころのおごとに

OB会3

会場の配膳が始まりましたので、邪魔にならぬようにとこんどは庭に出て唱うことにしました。とにかく屋外でもどこででも唱った私達の合唱団です。お空の下で唱うのは最高です。ここで当時の学生指揮者:Oさんにリードを交替していただいて、まずは愛唱歌から、

夏の夕べ
ともに手をとり
元気に笑え
草原の別れ

代々唱い継がれた

光のお宮
よしきり
われは幼く

それから、

三匹の蜂
君を去りて
霜のあした
緑の森よ
青い小鳥

といったところ。

 

OB会1

同じ施設にこの日宿泊の若者の団体が前方の建物を出入りするのですが、そんな若い女性が数人玄関前の私達のところに向かって下りのスロープになっているところに座り込んで私達の合唱を聴いてくれたりして、こちらもちょっぴりいい気分。宴会開始時刻を30分ほどオーバーして約2時間唱ってしまいました。そして食事前に屋外で記念撮影。このとき既に参加予定21名中20名が集まっていました。

ところで、写真で皆さんが胸に掛けている白いものが見えますか。当時幼少だった佐々木先生の娘さんにメンバーの名前がわかるようにと、国分寺の合唱のメンバーでもあるEさんが名札を作ってきてくれました。当時は合宿というとこういう名札を用意して胸に掛けていたので、これもまた懐かしさも感じる先輩の粋なはからいでした。

OB会5

 

合唱団OB会、間近か

 

例年行われている梨大合唱団OB・OG会が今週末に開かれます。私達の学年だけで始まったこの会も数年前から前後あわせて3学年の集まりに、そして今年はさらに上の学年もはいってのものになりました。今年は幹事もまわってきて、現在その準備に追われています。

 

OB会楽譜そして楽譜が、今まで積み重ねてきたものに若干手を加えて完成しました。20ポケットのクリアブック2冊に表紙と目次、それから最後にあとがきを加えて、残りは75ページ。そのページが全て埋まり、これでもう曲目も増やせなくなりました。中身は小曲ばかり、すべてア・カペラで61曲です。1冊目の表紙は佐々木先生からの年賀状から読み取ったこけしの絵、2冊目は毎年夏合宿で利用したお寺の境内の風景写真と、ちょっとこだわってみました。

今年はピアノのある会場で、ちょっとはハーモニーを取り戻したいな。

 

リバーダンス

リバーダンスRiverdance 20years “the anniversary tour”
2015年4月3日
東急シアターオーブ

リバーダンスの来日公演、息子のおかげで見に行くことができました。今回の来日は4月3日~5月2日の1ヶ月間、その初日でした。

会場の東急シアターオーブにはいったのは初めて、というより名前も知らなかったのですが、黒を基調としたシックな、しかもカーネギーホールなどを思わせるような構造の、2000席ほどあるのかなと思われるホールでした。そしてそのホールがまさに満員。すごい人気です。

リバーダンスは以前ネットで見たことはあったのですが、生で見るのは大違い、見事な動の美です。2部構成でその第1部はストーリー仕立てで舞台が展開していきます。リバーダンスというのは上半身をほとんど使わず、下半身だけで見事なタップダンスを繰り広げるもの。ダンサーもかなりの人数で次々と構成を変え、終始観客をステージに惹きつける見事なものでした。それから生で聴いてこそのタップ音の迫力。ミュージシャンは管楽器が3人(なにやら民族楽器、ヴァイオリン、ソプラノサックス?)とドラムが1人、そしてダンスの合間には10人程度の男女のヴォーカル、合唱など。これもまた聴かせるハーモニーでした。

第2部はこの公演の中ではゲスト的な、2人のタップダンサー、ロシア風のダンス、スペインのフラメンコ風のダンサーを加え、リバーダンスと間にそれぞれのダンスを織り込んだり、ミュージシャンがそれぞれの楽器ソロで魅せたり、異なるタップダンスの掛け合いをしたり、最後まで魅力的なステージでした。

最後は観客席も総立ちで、2時間の公演を酔いしれて終わりました。ウ~~~ン、満足!

 

至吹の時

韮崎のショッピングセンターに寄ったところ、吹奏楽の音が。どこでやっているんだろうと近づいていくと、エスカレーターを2階にあがったところのちょっと広いスペースでミニコンサート、そして買い物に来た人達が人だかり(?)となって聴いていました。地元韮崎高校の吹奏楽部20人ほど、それぞれにサンタの帽子をかぶって演奏していました。

そして曲の合間、司会者が「プレゼント」とか言ったなと思っていると男子生徒がこれを配布にまわってきました。定期演奏会のチラシに飴が一個貼り付けてあり、「なるほど、これがプレゼントか。」

韮高吹奏45th定演チラシ

「演奏会は何時だろう、年末かな、それとも年明けかな?」と、見てみると何と平成27年5月17日。何とも気の早いことです。「至吹の時」は「至福」と「吹奏楽」をかけたか、旨く造語しましたね。

ところで来年が第45回、さかのぼって第1回を計算してみると私達の在学中のこと。そういえば高校2年生時、吹奏楽部と合唱部が合同で行ったのが確か第1回定期演奏会、私も唱いました。しかし、いつのまにか吹奏楽単独での演奏会に変わってきているようです。あのころが高校のクラブでも演奏会をするという時代の黎明期だったのでしょう。設備も充分でない市民会館ホールで率先してスポットライトをステージの天井付近にくくりつけ、裏方と指揮と両方をこなしていた先生の姿を思い出しました。

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あやのね演奏会

あやのね7th先日、親しくしていただいている方の所属する合唱団、女声合唱「あやのね」の演奏会がありました。

プログラム

新編 中田喜直女声合唱曲集より

春の仏
心の窓にともし灯を
霧と話した

シアターピース「ニッポン・歌の花籠」

第一部 うたのあけぼの


故郷
赤とんぼ
影を慕いて

第二部 戦争とうた

椰子の実
愛國の花
湖畔の宿
戦ふ花
海ゆかば

第三部 みんなの歌声

リンゴの唄
花の街
山のかなた
夏の思い出
ここに幸あり
忘れな草をあなたに
一本の鉛筆
あの夏でした
死んだ男の残したものは
真昼の星

山梨では有名な指導者の下、実力派の合唱団です。
パンフレットによると、中田喜直は<第二の山田耕筰>と評されているとか、さすがに美しい曲が3曲、美しく歌い上げていました。

シアターピース、これは私達以上の年齢のものには馴染みの曲がたくさん詰め込まれていて、まさに「歌の花籠」なんでしょうね。これも実力のある合唱団がきれいに歌い上げて、聴かせてくれました。合唱というのはちょっとお堅い感じもするのでしょうが、知っている曲がたくさん登場するというのは合唱に親しみを感じることができ良いものです。構成も演奏も洗練されていて、たのしい時間を過ごすことができました。

 

ビング・クロスビーのSP

遠縁の親戚を訪問しました。父のいとこの家。

その家には古いステレオセットがあり、その脇にはレコード棚らしきものが。そこで、

「中を見ていいですか?」

と。古いレコードが出てきました。78回転のものも何枚も。その中で私がひかれたのはビング・クロスビーのもの。曲目は、

ホワイト・クリスマス
ジングル・ベル
皇帝円舞曲
奥様、お手をどうぞ

という4曲2枚。

ビングクロスビーSP1

「これ、CDにしてきましょうか?」

と預かってきました。それぞれがデッカの袋入り、袋にはしわが寄って端は折れ曲がり、いかにも昔のレコード。でも盤質はとても良好で、はじめてビングクロスビーのSPを楽しむことができました。もちろんCDも作成しましたよ。

今日はそのお宅に2枚のSPと作成したCDを届けてきました。私より6才ほどの年上の長男の方も見えていて、この方にも懐かしいレコードだそうです。ビング・クロスビーは何度も何度も聴いたのだそうです。一度かけると続けてくり返しくり返しかけないと承知しなかったとか。私たちより少し年上のこの家の息子さんたちがまだ子どもの頃、家族一緒だった頃のこの家庭の様子がちょっと浮かび上がってきました。

ビングクロスビーSP2

 

バス旅行?

5月の合唱で一緒に唱ったEさんから聞いた話。Eさんは合唱指導、編曲等で有名な増田順平さんの下で唱っているそうです。

増田さんは山形南高の出身です。昨年埼玉(?)で行われた増田順平さんの合唱団のコンサートがありました。このとき招待されたのかどうかいきさつは知りませんが、山形在住の山形南高OBがチャーターしたバスで聴きに来たのだそうです。その帰りのこと、バスで山形に帰る方たちのためにお酒の差し入れがありました。ところがバスの中ではお酒は飲まずに、山形までずっと合唱を唱い続けたとのこと。そういえばかつて森山先生が音楽の指導をしていた頃のこの高校生(男子校)のバス旅行のことを書いたブログ記事がありました。

響奏の吟遊詩人 メールマガジン vol.5
http://ameblo.jp/kyoso-ginyu-shijin/entry-11245299034.html
の中の、
3)鍋島くみこ プロフィール を兼ねて
「透明な音」について(5)

です。しかし実際に指導を受けていた若いときならいざ知らず、仕事の面ではかなり以前にリタイアした年代の方々の(多分)楽譜もなくア・カペラで唱い続ける事が身についている合唱の実力、何時間もずっと楽しく唱い続ける若々しさ、さすが南高OBです。演奏会のため、いろいろ趣向を凝らし聴衆を惹きつけるのも素晴らしい音楽の楽しみ方、在り方。しかしこんなふうにコンサートのためというのではなく人が集まったら唱う、一緒の時間があったらハモる、こんな在り方こそ合唱そのものを楽しんでいるように思えます。私たちもまた、こうありたいものだと思うのですが、さてどうでしょうか?

韮崎市民合唱団演奏会

韮崎市民演奏会高校還暦同窓会で初めて話した方から演奏会のチケットをいただきましので、滅多にいかない合唱のコンサートに出かけました。今までのわずかな経験から、「開演前15分くらいに会場に着けばいいか。」と出かけたのですが、何と駐車場がいっぱいで少し離れた第2駐車場に、それでも開演前には何とか着席することができました。会場にはよくこれだけ集まったなと思うくらいのお客様でした。

演奏がはじまりました。1ステージはいわゆる合唱曲で最初はア・カペラで混声合唱、30人ほどの合唱団に男性はわずか5人、テナーが1人・バスが3人というアンバランス。でも男性の豊かな声がよく響いてきました。恵まれた人はいるものです。女声合唱2曲の後は男声をメインにした曲、そしてまた混声合唱。

2ステージはジュニアコーラスのステージ、小学校入学前から高学年までの子供たち、簡単な振り付けをつけながら元気な歌声でした。どうやらほぼすべてがユニゾン、「そんなものかな」と。

3ステージは「東京物語」と題してナレーションを挟みながら昭和の歌謡曲メドレーでした。
休憩を挟んで4ステージはこの地の伝説をちょっとした演劇仕立てでの演奏、水不足に悩む農民に神様が灌漑用の池を掘ってあげるというもの。

ジュニアコーラスで家族を惹きつけ、昭和歌謡でベテラン世代を惹きつけ、地元の民話で地域の人を惹きつける、聴衆を楽しませる趣向満載のコンサートでした。聴衆も多いわけです。それにしてもよく集まったな~!

プログラム

第一部

いざ!うたわん
さあ、はじめましょう
逢えてハッピー
たのもしき山
マイ・カントリー
カッチーニ Ave・Maria
マスカーニ Ave・Maria
地球の詩
東京の久兵衛
フィンランディア讃歌

第二部

韮崎シティ・ジュニア・コーラス

となりのトトロ
ぞうさんのシネマさんぽ
ぞうさん シャボン玉 ねこふんじゃった
鞠と殿様 人形 ラジオ体操の歌 里の秋 金太郎
クレッシェンド
グッディ グッバイ

第三部

TOKYO物語

第四部

歌芝居「ここ掘れ、モーモー」
新韮崎音頭
逢えてよかったね