カテゴリー別アーカイブ: 音楽:私の音楽ノート

再度、ちょっぴりハーモニー

以前、「ちょっぴりハーモニー」で登場した妻の友人が先日もきてくれました。讃美歌の中に「フィンランディアの曲がある、いい歌なので楽譜が欲しい」とのことでしたので、コピーをとっておきました。讃美歌集の中では、「安かれわが心よ」という題名です。

そこで、今回は3人でこの曲に挑戦しました。自力でどんどん譜読みもしてしまう方でしたが、だいたい旋律を覚えたところで分離唱とカデンツをやってみました。「聴いて唱う」ことをおはなしした後、もう一度この讃美歌に挑戦。やっぱり違いますね、ソプラノ・アルト・バスの3パートでしたがハーモニーの感覚が出てきました。やってよかった~!

たっぷりハーモニー

今年は2年に1回開かれる「森の音楽会」の年です。この音楽会にスタッフとしてお手伝いする山形のFさんにせっかくの機会と我が家に寄ってもらいました。みやげにいただいた山形の銘酒を味わいながら、でもやっぱり合唱です。私たち夫婦と3人で今回も1時間以上は唱いました。

1曲目は「美わしの五月」、これは本来男声四部合唱ですが楽譜を見ながら混声三重唱です。ハモりやすいこの曲は私の大好きな曲でもあります。それからあとは讃美歌をたっぷり唱いました。パートが足りなくても、たった3人でも、聴き合ってハモる喜びは最高です。今回も3人が次々とパートを交代しながら、夜遅くまでの楽しいひとときでした。

ちょっぴりハーモニー

 我が家に来客がありました。妻の友人です。真っ黒に日焼けした、何とも活動的な人でした。で、その方はどうやらクリスチャン、讃美歌を少しだけ一緒に唱ってもらいました。
    312番 いつくしみ深き
    111番 神の御子はこよいしも
 何でもかつてスペインの修道院でも生活したことがあるとか、グレゴリア聖歌も歌ったのかな。声の太い彼女にはソプラノをお願いし、音域の狭い私たち夫婦がアルト・バス。1パート足りないのですが仕方ないですね。やっぱり4人欲しいなー。それでも久しぶりに讃美歌を楽しみました。後になると分離唱もやればよかったかなと思いますが、やっぱり初めての人には躊躇してしまいます。

ねぎぼうず

ねぎぼうず
庭先に植えたネギにねぎぼうずがついています。ねぎぼうずと言えばかつて唱った合唱の「ねぎぼうず」を思い出します。

ねぎぼうず

                 西條 八十 作詞
山田 耕筰 作曲
佐々木基之 編曲

  旅人が旅人が
下田街道の真ん中を
ひとり泣き泣き通った
何と泣いて通った
山越えて海越えて
やっと戻ったふるさとの
寺の擬宝珠(ぎぼし)が見えるとて
三度笠とり駆け寄れば
畑に生えたねぎぼうず
それが悲しいと 泣いて通った

 三度笠とはまた古いな、時代劇の世界だなと思うのですが、それにしてもなんと日本の情緒を感じさせる曲かなと思います。こんなふうに写真に撮ったねぎぼうずからはそういった情緒は感じられません。撮る人の腕の問題でしょうか。

文化祭

今年も地区の文化祭がありました。自治会の文化協会委員の任期は2年、今日のおつとめで任期のゴールも見えてきました。

会場は町の体育館です。文化祭は12:30から3時間ほどの催しですが、私たちは朝8:30に集合し、シートを敷いて椅子を並べたり、展示物用のボードを組み立てたり、展示を少し手伝ったりして本番を迎えました。

文化祭-合唱
今年のオープニングはコーラスでした。私たちの町の四季の歌(こんな歌があることを知りませんでした)、「桜貝の唄」、「村の娘」、「夜明けの歌」の4曲、いずれもピアノ伴奏付きです。
合唱を聴いているといろいろなことを考えます。合唱人口自体が少ないのに、こうして小さな地域での合唱活動に賞賛の気持ちがわいてきます。また、このステージを見ていると男性の合唱人口は極端に少ないことにも思いがいってしまいます。いずれの曲も二部合唱のようでした。二部合唱って和音の中に自分の音がはまっていく感覚が持てませんよね。かつて私たちが経験してきた合唱が、非常に恵まれた環境であったことを改めて思います。

展示コーナーは若干縮小気味でした。しかしその内容は写真・絵画・書・俳句・手芸・華道・古文書と盛りだくさんでした。そうそう、抹茶をいただいたことも忘れてはいけません。

文化祭-手芸
手芸コーナーにはこんなものもありました。布製のふくろうたちです。木の枝にとまって、なかなか可愛くていいですね。

文化祭-合奏
ステージの最後を飾ったのは子どもたちの楽器演奏でした。一人の男の子が指揮をして、電子楽器と打楽器の合奏でした。最近はリズムも自分で取ってくれる電子楽器が普及して、音楽を手軽に楽しめるようですが・・・・。小学生も高学年になるとスポーツクラブにとられてしまうので、いつまでたっても低学年の子たちだけでやらなければならないのだそうです。

今年は最後まで客席が寂しくなることもなく、昨年その辺のところを心配した会長さんの発言で良い方向に動いてきたのかも知れません。

卒業式(その2)

さて、このあとは私たちの後輩ともいえる合唱団による学生歌と送別の歌でした。
卒業式2
しかし、先ほど書きました大学改革でどうやら学生歌も変わってしまったようです。送別の歌も当時は毎年必ず歌う一曲があったのですが、それも変わってしまいました。当時はこの卒業式で唱うためにはピアノを運ばなければなりませんでした(当時の学生歌もピアノ伴奏付き)。大学の事務局でトラックを手配してくれ、男声団員が普段の練習に使っている2階の講義室の常置してあるピアノを階段を下ろしてトラックに(これが大変な作業)、ピアノと一緒に荷台に乗り込んで移動し、今度はトラックから体育館のフロアーにと運ぶのです。もちろん終了後はまたピアノを元に戻すすのですが、こうして私たちが唱ったの送別の歌は「ここが美しいそれは」という曲、

      ここが美しい     それはここがここだから
古い、そして美しい  だからすぐに
古い、だから美しいと 考えるか、あなた

こんな歌詞でしたね。作詞者も作曲者も覚えていないのですが、ア・カペラで、ユニゾンが大変多い曲でそれを当時の聴き合う耳で歌ったので非常に印象深いのです。ユニゾンの、弦をビンと張ったような感覚が懐かしいのです。

今回聞いた曲はいずれも私たちの知らないピアノ伴奏曲、伝統が変わってしまいましたね。

卒業式

息子の卒業式に行ってきました。私の母校でもあります。久しぶりに見た卒業式の最も大きな違いは会場にあります。

今年の会場は県民文化ホールでした。しかし私たちの頃は学内にあった、当時よく目にしたかまぼこ状の屋根の体育館が会場でしたね。体育館のフロアーの前方に演台をしつらえて、そこでの式でした。しかし式の詳細についてはほとんど覚えていません。学長の長い式辞があり、そこで話される内容は会場入り口で渡されるのでした。今の式では送辞も答辞もあるのですが、当時の式でそういうものがあったのかどうか全く記憶がありません。

卒業式1
話を今に戻します。型どおりの式がすすんで最後には「記念演奏」・「学生歌」・「送別の歌」と次第が並んでいました。この大学は数年前の大学改革で同じ盆地内にある医科大学と統合しましたが、以前のままの名称を引き継いでいます。「記念演奏」は医学部オーケストラによるものでした。ホールのステージの手前、客席のフロアーの最前列にスペースを確保して客席に向かっていた椅子に続々と団員が入ってきて、やがて学生指揮者のもと、シベリウスの「フィンランディア」が始まりました。名曲ですよね、私も好きな曲です。演奏には未熟なところもあるのでしょうが、ホールにいた人みんながその音楽の世界に引き込まれジンとしてしまいました。演奏が終わると最前列にいた卒業生が数人、大きい声で「ブラボー!」と言って立ち上がり拍手を始めました。多分このオーケストラに所属していた卒業生なのでしょうね、先輩と後輩のほほえましい光景でした。演奏が終わって司会者が「次は学生歌:○○です」といったのですが、その声は今聴いた演奏に上気してうわずった声になってしまい、何を言っているかよくわかりませんでした。司会者までもが感傷的になってしまったのが会場のみんなにわかることとなり、失笑でどよめいたのです。

レインボー・コンサート

 今日は、前にもこのブログに登場した高校時代の先生の退職記念コンサートがありました。合唱に、吹奏楽に、オーケストラにと幅広く活動された先生は、慕って集まってくる教え子たちも様々です。今日のためにそれぞれ半年ほど練習を重ねてきての本番だったのです。
 プログラムは、
    第1部 チェロ独奏(先生による)
    第2部 吹奏楽合同演奏
    第3部 オーケストラ演奏
    第4部 合同合唱とオーケストラ演奏
司会者いわく、一つで4回楽しめるお得なコンサートだそうです。合同演奏・合同合唱とは、先生が赴任した各学校のOBが一緒になって演奏するということ。オーケストラについては、山梨では単独で存在する学校がほとんどありません。そこで各校から高校生が集まって高文連(高等学校文化連盟)オーケストラを結成し毎年演奏しているのですが、先生はその草創期から指導されてきたのだそうです。ここでのオケは、このようにしてオーケストラを経験した卒業生による若いオーケストラでした。
 演奏者・運営担当あわせて200人を超える人が集まってのコンサートだったのです。私の同級生は埼玉から駆けつけ、今日は「出演するの?」と問うと「聴くだけ」とのことでした。しかし男声不足から先生の鶴の一声で唱うことになり、第1部で着た先生のスーツ・ワイシャツ・ネクタイを借りての出演となってしまいました。
 私は舞台袖での録音係(要するにボタンを押すだけですが)でした。舞台裏というのは滅多に見られない光景です。開演を前にした緊張の高まりが肌で感じられ、演奏を控えている奏者たちが先生のチェロに耳を澄ませ、演奏が終わると舞台袖からも静かにではありますが一斉に拍手を送るのです。このあたりは多分通常の演奏会とは違う光景なのでしょうね。演奏とともにそんな舞台裏の雰囲気も楽しんだ一日でした。
 そして私のように風邪をひいていない多くのOBは、久しぶりに今も変わらぬ先生の指揮の下に唱い演奏することを楽しんだのです。

「ペィチカ」

今日、NHK「みんなのうた」で山田耕筰の「ペィチカ」が流れていました。ペィチカはロシア風の暖炉のことで、この番組では暖炉で薪が燃えている映像を見せながら声楽家が独唱で歌っていました。声楽家が歌うこの曲はそれはそれでいいのでしょうが、私はこの曲を聞くと私たちが唱った「ペィチカ」がよみがえってきます。

増田順平さんの編曲したこの曲は「からたちの花」という増田さんの編曲集の中に納められています。もちろんア・カペラ曲で、

「ルンルンルンルン、ルンルンルンルン、・・・・」

と降ってくる雪を表現するこの編曲は最高です。唱っている私たちも、地上から空を見上げ軽くフワッとした雪が上空から次々と舞い降りてくる幻想的な世界を感じたものでした。

そんな合唱での「ペィチカ」、また味わいたいものです。

ヴェルニゲローデ少年少女合唱団の評価

 「ドイツ民謡集Ⅰ野ばら」の解説(ライナーノーツというべきなんでしょうか)にはこの演奏について以下のように書いています。
   ヴェルニゲローデ少年少女合唱団によるこの民謡集は・・・・。この民謡集
  が成功している要因として、まず挙げなければならないのは、合唱団に全
  曲を受け持たせて、独唱を部分的に抑えたため、音声上の響きが多様に
  なりダイナミックになっていること。そして少年合唱団特有の清楚で無私な
  歌声が、民謡の純粋な旋律の美しさを把え、曲本来の有する美をそのま
  まに伝えてくることである。その見事に訓練された歌声は聴くものの耳を
  驚かせ、指揮者の綿密な解釈をしてその豊かな表現力は、小さな曲さえ
  もなおざりにしない芸術家としての誠意すら感じさせるほどだ。民謡集は
  もちろんのこと、宗教曲などの録音が待たれてならない。
 なんだか難しい言葉の羅列になってしまっているようで、私にはその意味がさっぱりわかりません。私がいうとしたら、この合唱団がハモっていること、ハーモニーの響きが聞こえてくることなのですが、この文章をよんでそのようなことが伝わってこないのはなぜなのでしょうか。ウ~ン!