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を追加しました。この合唱団のOBによる梨大合唱団の佐々木先生の指導の下での演奏会記録を見ることができます。
どうぞ、ご覧下さい。
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恒例の梨大合唱団同窓会がありました。前後3学年の集まり、今年は17名の参加でした。
会場に4時集合、しばらくの歓談の後歌い始めました。最初は部屋の中、そして夕暮れ時は宿の前庭にて。やっぱり外で歌うのは気持ちがいい。歌い出すと止まらず、夕食の時間を30分ほど遅らせてしまいました。
宴会、各自の近況報告、そして宿泊室に戻ってもなお遅くまで歓談は続きました。相部屋の3名の方に明朝のウォーキングの約束をして、就寝は1:30くらいだったかな。
そして寝坊もせず予定通り6:00に4人そろってウォーキングに出発しました。
まずは宿の前の温泉ホテルが建ち並ぶ通りを東進。中央に川が流れ、その両岸には自動車レーンとの間に桜並木と徒歩用の木道が用意されており、なかなかよい雰囲気です。
やがて笛吹川の土手に出て河川敷のサイクリング道路を北東方面に向かいました。
南方向に視線を向けるとこの手前の山塊のの向こうに富士山の頭が顔を出しています。例年に比べて雪が多いため、いまもまだ超頂上付近は真っ白です。そして少し東寄り、山間に水平方向に見える白い直線は建設が進んでいるリニア新幹線の線路です。
本日のウォーキングは75分、7000歩超でした。
「山梨大学合唱団のCDが完成した」、との連絡をいただきました。といっても今の梨大合唱団ではありません。
1973年~84年の12年間、この合唱団は分離唱をもとにした合唱指導で有名な佐々木基之先生の指導を受けました(はじめの3年間、私もこの一団員でした)。この12年間で山梨(甲府)での定期演奏会の他、11回の東京公演、2回の大阪公演、静岡公演・御殿場公演を各一回行っています。この12年間の演奏会録音をもとに5枚のCDにまとめる作業が先生のご家族の手ですすめられ、今回完成したとのお知らせをいただいたのです。
今週末は実物を手にすることができるでしょう、楽しみです。
詳しい内容が分かりましたら、また紹介したいと思います。
恒例になっている学生時代の合唱団同窓会が2・3日に泊まりでありました。今年も当時合宿をした河口湖・常在寺の隣の音楽ホール付き民宿です。佐々木先生がわたし達の団体を指導してくれたのは12年間。学生時代合唱団をリードするのは3年生でしたが、その初めから3学年合同の会になって3年目です。やむを得ない日程変更があったためか今年の集まりは少々少なめ、S4・A1・T3・B・5の13名でした。

到着した人が徐々に食堂に来て、4時30分集合の時刻には全員集まったかな?全員が集まる前から追加の楽譜を配り、クリアファイルに綴じ込む作業。そしてそれが終わって唱い出しました、4時50分。唱い始めると間もなく夕食の準備が始まるとのことで音楽ホールに移動。6時までの短い時間でしたが十数曲唱いました。讃美歌等では1オクターブ低いけれど私は1人しかいないアルトに加わりアルト初体験。慣れ親しんだ曲なら響きが体に染みついているのか、唱えるものですね。そしていつもの曲もちょっと新鮮な味わいです。

6時から夕食、ここでは缶ビール1本ずつが配られて更に飲む人はごくわずか、宴会としてはおとなしいものです。近況報告も後回しにして食事の時間が終わり、また音楽ホールに移動したのは7時半ころでしょうか。唱う会の始まりです。
食事の前からですがリーダーは初代の学生指揮者。このブログで昨年も書きましたが、地域で合唱活動を精力的に続けている方です。それからまたリーダーが交代して東京で分離唱の合唱を続けている方。分離唱、カデンツと本来の練習同様にすすめて今年もなかなかいい響きを味わうことができました。以前は「歌う同窓会」とタイトルしましたが、今年は少し胸を張って「ハモる同窓会」としました。

歌い終わったのは10時半、あとは宿泊部屋で宴会夜の部のはじまり。近況報告、会の今後のことなど含めて楽しい会話が夜遅くまで続きました。
千曲川の水上を恋ふる唄
山河抄(山梨の武田氏の歴史などが込められて歌です)
讃美歌
みどりも深き
夜はふけわたりぬ
いつくしみ深き
つかれしものは
主よこころみ
ガリラヤの湖畔
ナルドの壺
神ともにいまして
みたまなるきよき神
しずけきかわの
こころの緒琴に
むくいをのぞまで
ゆけどもゆけども
主よみもとに
しずけき祈りの
夕日はかくれて
やさしくともをむかえよ
男声合唱
Adoramusu te
夏の夜の星
今は若き子
オーラ・リー(これは余り唱えなかった)
雨
混声合唱
さくらさくら
今様
荒城の月
浜辺の歌
すすき
背くらべ
赤い靴
汽車ぽっぽ(初代の汽笛も年をとりました)
雪の降る街を
よしきり
光のお宮
われは幼く
中国地方の子守歌
はるかに
埴生の宿
平城山
霜のあした
君を去りて
緑の森よ
はるかな友に
夏の夕べ
今回歌った曲はこんなところ。

合唱が終わったところで宿泊の部屋に戻り、お酒とお喋りの時間となりました。一時間ほどまわりの人と歓談したころ、幹事さんの一声で参加者それぞれの近況報告が始まりました。それぞれの思いがあり長くなる人、昨年話したことは言わないと気遣いを見せる人と様々ですね。話の内容も仕事のこと、学校のこと(女性は教員が多いですからね)、退職後のこと、健康上のこと、家族のこと、中にはリクルート活動の話をした人もいました。この日の合唱がなかなかよかったものですから、酒の力を借りて少々気が大きくなった人も・・・・(笑)。そんなことで楽しいおしゃべりの時間もあっという間に午前様、でもかつてのように夜を徹して話すなんていう豪傑はいなくなりましたね。健康第一、かな。とはいっても就寝は午前1時頃だったでしょうか。
翌朝5:30、先輩のAさんが起きて着替えている音で目が覚めました。見るともうすっかり着替えています。
「もう帰るんですか?」
「そうじゃないけど、この時間目が覚めるともう眠れないんだよね。散歩に行ってくるよ。」

それではとお伴することにしました。私のいつものウォーキングは6時過ぎですから、この日のスタート時間は新記録です。民宿から常在寺の境内、河口湖畔に出て遊歩道を、それから富士ビューホテルの敷地内を一巡りして戻って1時間。この先輩は分離唱による合唱指導を長年続けている方です。昨夜も聞いたのですが、ここでも先輩の合唱への熱い思いを語ってくれました。大学卒業後分離唱の合唱を広めたい一心で活動してきたのだそうです。私たちが卒業後友人と一緒に聴きに行った佐々木先生指揮、梨大合唱団の御殿場公演もこの方が中心になって招聘し、裏方もされたのだそうです。大変なご苦労だったようです。
「御殿場公演の録音ってないんですか?」
「それが、録音はしなかったんだよね。」
と言うわけで長年気になっていた録音へののぞみは絶たれましたが、先輩の指導する合唱を聴かせていただくという新たな希望が出てきました。散策から戻ってみると宿泊室で寝ているのは一人だけ、しかし誰もいません。同宿の方々も私たちと同じように朝食前にこの懐かしの地の散策に出かけたようです。やがて皆さんが戻ってもうすぐ朝食と言うときやっぱり唱いましたよ、男声合唱の「すすき」。唱えるときには唱わなくっちゃね。
梨大合唱団の同窓会がありました。
私たちの前後3学年の会となって4年目、年1回の恒例の集まりです。場所は学生時代に夏合宿をした寺のすぐ隣の民宿、ここはちょっとした音楽ホールがあり音楽団体が合宿にも利用するところで今も合唱活動をしているSさんの推薦でこの場所が決まったのです。学生時代の夏合宿は決まって9月1日~8日の7泊8日、炊事も自分たちでして大変思い出深いお寺「常在寺」。そのすぐ隣での会でしたので多くの参加を期待していたのですがむずかしいものですね。都合のつかない人も多く集まったのは17人、でも各パートがバランス好く集まり合唱には十分でした。
集合時間は4:30でしたが今年は早めに到着しました。私より早く到着した車が3台ありましたが民宿には不在、私も荷を下ろしてすぐに散策、40分ほどのウォーキングでした。参加者それぞれが私同様に集合時間までの時間は懐かしの常在寺とその周辺を散策していたようです。
民宿に戻ると人も徐々に集まり始め、久しぶりの再会に懐かしい会話が弾みましたが、楽譜を配り夕飯(宴会)30分ほど前になると唱い始めました。まずは
「さくらさくら」
「今様」
「荒城の月」
といったところだったかな。しかし久しぶりの合唱はそれはそれは大変、耳などどこかに行ってしまっているようです。2曲ほど唱った後、「ホールに行けばピアノがあるよ、そこへ行こう」、わずかな時間ではありましたがそちらへ移動して分離唱から始めました。そしてその効果は絶大、なかなかいい雰囲気になってきました。でもすぐに夕飯の時間になり会食の場へ移動しました。
今なお分離唱の合唱を意欲的に指導しておられるSさん、今回は都合で夜のうちに帰るとのこと。そこで「夕食時にはお酒は控えてあとの合唱が終わってから飲みましょう。」などとは言っていたのですが、でも座ってしまってビールが出てしまうともう宴会モードに入りそうになってしまいます。しかしこのSさんのテーブル(3つのテーブルを囲んでの会食でした)は食事を早々に切り上げセルフサービスの片付けも済ませてまたホールへ移動してしまいました。それに促されて他のテーブルでも会食を終え、全員がホールにそろったのは7:30頃だったでしょうか。
さて、ここからが合唱の時間。音楽サークルの練習用ホールは響きもよく、ここでは単に唱って楽しむだけでなく半ば練習のような合唱の時間になりました。唱った曲目はもう順序は忘れてしまいましたが、
「みどりもふかき」
「いつくしみ深き」
「つかれしものは」
「主よこころみ」
「ガリラヤの湖畔」
「ナルドの壺」
「かみともにいまして」
「みたまなるきよきかみ」
「しずけき河の」
「むくいをのぞまで」
「こころの緒琴に」 と、讃美歌。
それから、
「浜辺の歌」
「すすき」
「背くらべ」
「赤い靴」
「汽車ぽっぽ」
「よしきり」
「光のお宮」
「われは幼く」
「埴生の宿」
「平城山」
「緑の森よ」
「はるかな友に」
「青い小鳥」
「夏の夕べ」
間には男声合唱
「Adoramus te」
「夏の夜の星」
「聖なる心にのみ」
「進めわが同胞よ」
「雨」
「雨」は女性にトップテナーを1オクターブ低く唱ってもらいましたが、こういう形もなかなかいいものです。
それから山梨ゆかりの小山章三作曲の「山河抄」、それによく似た「千曲川の水上を恋うる唄」の二つの組曲を楽譜なしで唱ってみました。合唱が終わったのは10時頃だったでしょうか。
今回の合唱ではかなり練習に近い形態となり、そのためか幾分唱った曲数は少なかったようです。でもなかなか密度の濃い内容になり、かつての感覚を少し取り戻すことができたようなうれしいものでした。来年は夕食前にもっとたくさん唱えるよう、もっと早く集まろうということになりました。先陣をきって人生の第二ステージに足を踏み入れた人も現れてきたこの集まり、この先どんな展開となるのでしょうか。楽しみです。
このブログの書き始めは、佐々木先生にご指導をいただくようになった梨大合唱団のことでした。1973年のこと、もう40年近い年月が流れています。そんな遠い過去のことは十分に記憶にあるわけではないのですが、このように昔のメンバーが顔を合わせると会話の中でよみがえってくることも多いですね。そんな掘り起こされた記憶を一つ。
73年4月、先生にご指導をお願いして初めての練習は春合宿でした。2泊3日だったか3泊4日だったか。私には記憶があまりないのですが、この合宿ではめざましい変化が現れたのだそうです。ですから合宿の後、次回は5月と先生の指導は1ヶ月空いたのでした。1ヶ月後に指導に見えたとき、見事に普通の合唱に戻っていたとのこと。
「これはいけない」
と、この5月から先生は毎週水曜日の夕方5時からの練習に見えるようになったとのこと。こういったことって団の中心になって活動していた方は鮮明に覚えているんですね。その中でただ唱っていただけの私の記憶からは全く抜け落ちていました。
翌日は6時に起床、いつも通りにウォーキングに出かけました。この会場はかつて住んでいたところの近く、懐かしい道を我が家の子どもたちが通った中学校までの往復で約5kmほどでした。甲府のベッドタウンで農地は減り続けているのですが、それでもあちらこちらに畑がありここではもうジャガイモの花が咲いていました。我が家のあたりから見ると作物の生育もかなり進んでいるようです。私が住んでいた頃にはなかった大きな公園もでき、朝のウォーキングをする人にもたくさん会いました。
部屋に帰ってから相部屋の友人を誘って朝風呂へ、ここは甲府の温泉地ですからね。でもこの時間にはもう他のお客さんもいて、風呂の中で唱うというわけにはいきませんでした。温泉につかりながらハモる、これも一つの楽しみなんですけどね、残念。でも、露天風呂につかりながらお互いのはなし、合唱のはなしなどゆっくりとすることができました。朝食も先輩女性陣のはなしを聞きながらゆっくり、結局チェックアウトの時間ぎりぎりの10時にロビーに出て一応解散。
一年ぶりの再会ですからね、時間が許す限りはということで私を含めて8人の男性で向かった先は学生時代私たちと縁のあった方のお店(お宅)です。A男声合唱団で活動した人達にとってはとくに懐かしい方、私が知っている範囲でも当時の私たちの合唱に理解を示してくれた数少ない方の一人でした。大変な美声の持ち主で、このレストランでは食事の後にマスターの歌のサービスがあるのです。この日は出演するコンサートがありご主人さんはあいにくの留守でしたが、それでも奥様に快くもてなしていただき、気を良くした私たちは図々しくもこの店の中で男声合唱を始めました。トップらしいトップがいない上にハーモニーも?の私たちの合唱、まあ粗雑な響きも通常の男声らしさかもしれません。不出来な男声合唱を6曲ほど唱ってしまいました。男声合唱自体が珍しいものですから、ここの奥様とたまたま居合わせた友人の方にも喜んでいただけたようです。
次に昼食をと向かったところは私のおすすめ「珈音」さん、ここのカレーはおいしいんですよね。よく煮込んだカレーにデザートのヨーグルトがついて○○○円。「ここが○○(すすき)がブログで紹介しているお店?」なんて聴いてくれる友人もいてちょっと嬉しかったな。店にはいると幸いにも他にお客さんもなく貸し切り状態、そこで持参した私たちのかつての録音を聴きながらの昼食となりました。昨日からの???の響きのあとで聴く当時の録音はやっぱりきれいですね。聞き惚れてしまいます。当時を思い返しながらの食事を終えて最後に残った8人も解散となりました。
年に一度の合唱では多くを望むことはできませんが、音楽に浸った一泊二日の同窓会、嬉しい集まりでした。
唱い終わったのは11時過ぎ。ここで日帰りの方は帰り、残ったメンバーは宿泊室に移動してエンドレス(?)の語らいの時間の始まりです。アルコールの助けを借りてくだけてしまうのかと思いきや、合唱のはなしもいっぱいでましたね。
現在も中心的に分離唱による合唱活動をしているSさんは最近の録音持参でした。この録音がヘッドセットと共に回覧されます。みんなきれいな響きに感心しきりでした。
教育学部のOBはほとんどが小学校の先生、子どもたちの合唱のよろこびをそれぞれに語ってくれました。
学生指揮者だったAさんは地元で複数の合唱団を指導しています。混声合唱に男声合唱、そして少年少女合唱。
「子どもは分離唱をすると音が全く下がらないんだよ。」
「なんで」
「そのままストレートに入るんだよね。
大人はうまく唱いたいとか、色々なことを考えるから駄目なんだろうね。」
なんてはなしに、またもや感心しきり。
それぞれに学生時代の音楽が底に流れ、今も音楽の純粋な世界を持っている方々の嬉しくなるようなはなしが続きました。そんなはなしをずっと聞いていたい気持ちもあったのですが、もうそんなに体力に自信のない私は自室に引き上げるトップバッター、2時過ぎでしたね。遅い人は夜明けまでだったんでしょうね。