カテゴリー別アーカイブ: 音楽:私の音楽ノート

山形紀行④-潜入、フルセズ・コーラス

ミンタロハットには2階で外から窓越しにグランドピアノが見える部屋があります。客室から廊下を曲がって行くことの出来るこの広い部屋がフルセズ・コーラスの練習会場でした。1階からは客室用とは別の階段があるんですね。ですから、練習参加者は宿泊者に気遣いすることなく練習会場に行くことが出来ます。この日の参加は指導者のみんたろさんを含めて男声4名・女声4名+私たち夫婦の10名でした。メンバーの皆さんとは3年ぶりの再会でしたが、まずは前回同行した息子達のことを聞いていただき、みなさんの心遣いに感謝です。

練習はまず分離唱、みんたろさんはたっぷり時間をかけてこれをていねいにされます。そのあとは讃美歌、

しずけきいのりの
われに来よと主はいま
こころの雄琴に
ひとたびはしにしみも
みたまなる
しずけきかわの
つかれしこころを
ゆうひはかくれて
かいぬしわが主よ
主よみもとに
ナルドのつぼ

みんたろさんは時には「何かリクエストがありますか?」と声をかけてくれます。そこで遠慮なく私は「われに来よと主はいま」「しずけきかわの」、家内は「かいぬしわが主よ」をリクエスト、全く遠慮がありません。
私たちははじめて唱う曲が2曲ありました、「ひとたびはしにしみも」と「つかれしこころを」です。どの曲も一度はみんたろさんがピアノで全パートを弾いてくれます。そうしてすぐにピアノなしで、ムム!讃美歌の歌詞は2番以降はページの下にまとめて載っています。こういう初めての曲は1番がついていくのが精一杯、2番以降はもう歌詞なんて見てられません。歌詞なしでフンフンとハミングのようなそうでないような声で必死についていきました。
遅くなりましたが、この合唱団のハーモニーはきれいです。となりの男声の声もハーモニーの中で自然に唱っている感じで、合唱から遠ざかってしまっている私も安心してハーモニーの中で唱うことが出来ました(自己満足かな?)。皆さんすばらしいハーモニー感です。

休憩時間はたのしい歓談でした。私たちの持っていった山梨で最もポピュラーともいえる桔梗信玄餅を申し訳ないぐらいに喜んでいただきました。
休憩後は佐々木先生の混声合唱曲集の中から、

青い小鳥
今様
われは幼く

学生時代に私たちが唱った「青い小鳥」は増田順平編のもの、佐々木先生編曲のそれは初めてです。先生の編曲の方がシンプルで素朴な味わいかな。
次に「何を唱いましょう?」と聞かれ、私の希望「今様」を唱うことになりました。この曲、フルセズコーラスでは初めての様子でしたが、それではとみんたろさんがピアノで四声を弾いて譜読みです。他の曲と同じように2番まででピアノは終わり、もうア・カペラで唱いましたが、あのユニゾンから和音に広がっていく独特の響きと流れを十分に味わうことが出来ました。そしてフルセズの皆さんもこの曲の独特の響きを気に入ってくれた様子でした。
それからみんたろさんの選曲で「われは幼く」、みんたろさんはこの曲が好きなんだろうなと感じました。
最後に1曲讃美歌を唱いましょうといわれ、私は迷わず「夜はふけわたりぬ」をリクエスト。Fさんの「佐々木先生はいつも最後はこの曲だったんだよね。」を聞きながらみんたろさんのピアノにあわせて、みんたろさんピアノにもこの曲への特別な思いか感じられました。もちろんそのあとはアカペラで・・・・。
練習が終了したのは夜11時、久しぶりにハーモニーに浸った2時間あまりでした。

終了後も私たちを含めて5人が残り讃美歌を唱いました。曲目は、

まきびとひつじを
あらののはてに

これではもうクリスマスだねなんていいながら少人数のハーモニーを楽しみました。こういう小さなハーモニーが私は好きなんですよね。解散は11時半でした。

山形紀行①-序章

9月の5連休をシルバーウィークと呼ぶそうですね。このシルバーウィークに我が家は山形行きを決行しました。その目的は(ちょっとおおげさかな)、
・分離唱の合唱を唱うこと
・分離唱の合唱の人に会うこと
の2つでした。

山形は分離唱の合唱のゆかりの地です。山形南高で音楽の先生をされていた森山先生のもとで分離唱による音感教育を受け佐々木先生も二十数年通った地、その山形では今でも分離唱による合唱団が活動しています。その混声合唱団フルセズコーラスの練習に参加しようと、今回の山形行きを計画したのです。5月頃だったでしょうか、
「シルバーウィークに練習はありますか?」
「19日がちょうど練習日に当たってます。
とりあえず宿泊(ミンタロハット)を押さえておきましょうか?」
「お願いします。」
「何人ですか?」
「二人お願いします。」
とのメールのやり取りが最初でした。ミンタロハットはフルセズコーラスのメンバーであるみんたろさんが経営しており、2年前にオープンしたゲストハウスです。そしてもう2泊は私が最も親しくしていただいている友人Fさん(この方もフルセズコーラスのメンバー)にお世話になることにしました。Fさんの自然農の田圃を見学するのも今回の目的の一つです。
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「グリーが誕生した瞬間」

最近、インターネットで「森山三郎」というキーワードで検索していたところ、以下のページがヒットしました。

  グリーが誕生した瞬間

http://www.sophia-glee.com/contents/kikou/20070826_Matsumae.html

 S32年に上智大学を卒業した松前吉昭という方の文章です。この方は山形南高OBで、南高には森山先生の合唱に惹かれて入学、南高での厳しい練習のこと、入学した上智大学では合唱団がなくて自分たちで組織したことなどがかかれており、興味深く読ませていただきました。上京してからは佐々木先生の所にも通ったとあります。読んでみませんか。

KURI

KURI1
文化祭の演目は踊り・詩吟・カラオケ等多彩ですが、その中で飛び入り参加がありました。男性一人と女性一人で結成し、KURIさんというグループ名で音楽活動をし、時には海外まで行くのだそうです。風貌はいかにも自由人。この方たちはこの地が気に入り、数年前自力で家をたてて移り住んでいるのだそうです。
演奏の前にその地区の代表者からKURIさんの紹介があり、パンフレットが配布されました。この方たちはステージに上がらず、フロアの前の方での演奏です。男性がギター、女性ははじめ小さな鐘を連ねたものを鳴らし、やがてオカリナに持ち替えての演奏でした。ギターとオカリナのやさしい響きが会場全体に流れ、それまでのなごやかな雰囲気から居合わせた人全員が聴き入ってしまい、もちろん私もこの世界にすっかり浸っていました。

KURI2
演奏後、会場の隅で帰り支度をしているところに近づいて少しだけおはなしを伺いました。近いうちに古民家のようなところでのコンサートもあるのだそうです。また聴きたいな。
そうそう、HPもうかがいました。以下のURLです。

http://studiokuri.com/jp/top_jp.html

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ふるさとの文化祭

この週末、実家に行きました。また休耕田の草刈りシーズン到来です。でも今回はイベントがありました、地域の文化祭です。母もかつては大正琴のサークルにはいり出演したりしていたのですが、何年か前にやめてしまいました。でもここ1~2年は高齢者学級の皆さんで一緒に唱うということで、今年も出演です。母のお抱え運転手の私も役得(?)で文化祭を少し見てきました。

会場は私達の通った中学の体育館です。私達が在学中にこの中学は町内の他の2校と合併して、私達の学年は統合中学の第1期生です。しかし新校舎建設までに2年がかかり、私達は○○教場という名前でそれまでと同じ中学校に通い、卒業しました。統合中学1期生とは名ばかり、全く以前の中学校を卒業したのです。そんなわけですから、私達が学んだ校舎はとうに解体されてその跡地は地域のためのグランドになり、体育館だけが昔のままのこっています。

そんな会場での文化祭です。高齢化がすすみほとんどがお年寄りの文化祭ですがそれはそれ、なかなかアットホームは雰囲気のなごやかな催しでした。母たちの歌は「湯の町エレジー」と「旅の夜風」、カラオケに合わせて歌うことも考えたそうですが、合わせるのが難しいので伴奏なしで、との事でした。これって言葉を変えると「ア・カペラ」ということになるんでしょうかね。

江草文化祭
母たちのグループは十数人、その中に一人だけの男性がリーダーです。足の悪い方は椅子にかけて歌いました。音をとらずにいきなりの男性の合図で歌い出しますので、度胸のある人ははじめから歌い出しますが多くの方は遅れて歌い出します。家に帰ってから母に、「はじめの音をとって一度みんなで声を出してからはじめればいいんだよ。」と話したところ、納得顔でした。

「三羽のからす」

ソノリテ甲府吹奏楽団のオープニングを飾った曲は「アメリカン・サリュート」、1943年にモートン・グールドにより作曲されたものだそうです。この曲を聴いていて「おやおやっ」と思ってしまいました。長い曲の中に何回もメロディーが現れます。そのメロディー、前半は少し違いますが後半はあの「三羽のからす」じゃないですか。「アメリカン・サリュート」の原曲はどうやら「三羽のからす」のようです。

1955年に山形南高OB合唱団が第1回東京公演を行いましたが、このとき第3ステージくらいで東京のいくつかの合唱団の合同演奏があり、そのあと登場するのが「東京メール・クァルテット」、南高OBである増田順平さんをはじめとするヴォーカルグループです。その中の3曲目だったかな、「三羽のからす」があります。

    からすが三羽いて オ・ビリマギマガ
からすが三羽いて オ・ビリマギマガ
からすが三羽いて みんな真っ黒けだ
そこで羽ばたいて ビリマギマガ

なんていう歌詞で3番まで続くのですが、3フレーズのあとに男性の裏声で

     「カア、カア、カーア」

とカラスの鳴き声が入ります。このとぼけたカラスが何ともいい、楽しい曲です。こういうシンプルな、とぼけた感じはやはり合唱ならですね。きらびやかな吹奏楽の曲もいいですが、こういう味は人間の声に軍配が上げてしまいますね、私は。

ソノリテ

ソノリテ定演
吹奏楽の演奏会があり、聴いてきました。山梨では名の売れている(らしい)「ソノリテ甲府吹奏楽団」の定期演奏会。こういう団体の定期演奏会ってこういう時期にするものなんでしょうかね。

コンクールの課題曲を演奏して見せたり、ディズニー・メドレーがあったり、語りと音楽を組み合わせた「スーホの白い馬」があったり、歌劇「アイーダ」の大曲があったりと、バラエティーに富んだ演奏会で楽しませてくれました。「アイーダ」は有名なトランペットのメロディーを舞台横方向の花道のようなところ(本当は名前があるんでしょうね)に左右に3人ずつ配置して楽団と別なところからの演奏が鳴りだし、変化をつけて楽しませてくれました。

「スーホの白い馬」、これも聴き応え十分でした。プロのナレーターと吹奏楽とで立派なおはなしができあがり、涙した人もいたとか。さすがです。おはなしと言えば素語りばかりを聞いている私にとって、この「スーホの白い馬」はおはなしのカラー版を見せていただいたような印象です。吹奏楽って華やかですね。

聖歌隊?

 県内のある大学に行く機会がありました。ミッション系で数年前までは女性だけを受け入れる中・高校も併設された短大でした。しかし今では男性も入学する4年制大学となりました。今回おはなしを聞いたこの大学の特徴では「聖歌隊があること」もあげていました。掲示板には「メサイヤ」団員募集の張り紙が。あの吠えてしまう曲、聖歌隊のイメージとはほど遠い曲に感じてしまいます。聖歌隊といえば「讃美歌をきれいにハモって聴かせてくれる」のかなと思ってしまうのですが・・・・。

久しぶりの・・・・

国分寺の合唱に行ってきました。今年はじめてで前回は10月だったかな、半年ぶりの合唱でした。

今回の参加は非常に少なく、S2、A1、T1、B4という構成でした。「誰かテナーに回ってくれませんか」という声に応えてクリス(しんじゅん)さんがまわり、2・1・2・3という構成、まずまずですね。分離唱が終わって讃美歌がはじまると、美しいハーモニーにびっくりです。私達の同窓会の混沌としたものを振り払って、思わず笑みがでてしまうようでした。さすがですね。

はじめてテナーにまわったクリスさん、「もう元には戻れないよ」なんてからかわれながらもしきりに「新鮮でいいですね」と、内声を唱う楽しさを発見していました。「内声ていいんだよね」、「声さえ出ればみんなで代わりばんこにパートを交代して唱えばいいんだよね。」なんていう話で盛り上がりました。声のでない私も裏声でこっそりテナーに挑戦しました、自宅で来客があったときなどパートを交代しながら楽しむこともあるのですが、さすがに4パートそろってしかもハーモニーもよいとなると、はじめて唱うテナーの音もスパッとそのあるべき音に収まっていきます。この感覚、爽快ですね。私はこんな小さな合唱が大好きです。

同窓会(その2)

私達OBの集まりのために作成した合唱曲集です。この表紙、いかがですか。真ん中に載せられたこけしの絵、懐かしい人もおられるでしょうね。私達は「フォーレのレクイエム」学年なんですよ。そしてこの年、先生からいただいた年賀状からここに取り込んでみました。何気なく小さいこけしの絵を見てきたのですが、こうして拡大して取り込んでみると大きい方のこけしには「寿」、小さい方のこけしにはこの年の干支の「竜」の字が書き込まれていました。小さい絵の中にも先生の細やかなこだわりがあったことを改めて発見しました。
OB会楽譜表紙

多少の記憶間違いもあるでしょうが、今回の集まりで唱った曲を紹介します。こんなものでも同窓会の雰囲気が少しは伝えられるかもしれませんね。

    さくらさくら
今様
荒城の月
すすき
山河抄
背くらべ
赤い靴
汽車ポッポ
よしきり
光のお宮
われは幼く
洗濯ばあさん
はるかに
平城山
三匹の蜂
霜のあした
君を去りて
夏の夕べ
草原の別れ
主よこころみ
ガリラヤの湖畔
ナルドのつぼ
神ともにいまして
みたまなる
しずけきかわの
むくいをのぞまで
こころの緒琴に
夜はふけわたりぬ

 私達の団体は混声合唱団でしたので唱うのはほとんど混声曲ですが、余興で少しだけ男声合唱にも挑戦しました。

    Adoramusu te

Stendchen
進めわが同胞よ
Aura Lee
夏の夜の星

 やはり、学生時代にあまり唱ってない男声合唱には混声以上に難がありました。そんなわけで最後にはやっぱり讃美歌「夜はふけわたりぬ」を唱って終わったのでした。