カテゴリー別アーカイブ: 音楽:私の音楽ノート

Sonorite X’mas!

県内の実力派:ソノリテ甲府吹奏楽団のウィンター・コンサートがありました。会場は笛吹市石和町の笛吹市スコレーセンター。音楽ホールというよりは多目的ホールかな?ステージの近くはフラットなフロアで、その後は階段状の座席。階段部分は収納できて広いフロアにすることもできるのかもしれません。客席は3~400席くらいでしょうか。

入ったときの印象は、「規模の大きな吹奏楽にはちょっと狭いかな?」。
ソノリテ・クリスマス

プログラム

J.シベリウス 交響詩「フィンランディア」
P.グレインジャー 羊飼いの呼び声
L.アンダーソン クリスマス・フェスティバル
F.ティケリ シェナンドゥアー
スーザ 行進曲「海を越える握手」

~ 休憩 ~

飯島俊成 「あのときすきになったよ」
心に残る冬の歌 ~クリスマス編~

 

「フィンランディア」

私の好きな曲、プログラムを開いてこの曲があることに喜びました。でもよく聞くレコードはもちろんオーケストラ、吹奏楽だと曲の印象がかなり違いますね。学生オーケストラの演奏も聴いたことがありますが、熱いものが沸きあがってくるようでした。フィンランドの独立運動を代表する曲、国家のように国民に愛されている曲というのもわかるような気がします。この吹奏楽団は技術的にも高いものを持っているのでしょうが、やっぱりこの曲はオーケストラで聴きたいな。でも、広い空間で聴くとまた違ったのかも知れません。

「羊飼いの呼び声」

この曲は軽快・コミカルで楽しいものでした。ここの団員には日本グレインジャー協会の会員がいるとか。P.グレインジャーの曲、わが家のコレクションの中にもこの作曲家の曲がたしかあったはずなんですがどんな曲だっけ?探し出して聴いてみなければ。

「クリスマス・フェスティバル」

「もろびとこぞりて」にはじまり、「きよしこの夜」「ジングルベル」などのクリスマス作品がメドレーになっている楽しい曲でした。知っているクリスマスの讃美歌がいっぱい詰まっていたおかげで、いろんなパートの音が耳に飛び込んできます。クリスマスの曲を吹奏楽で聴くときらびやかでいいですね。やがてサンタが一人二人・・・・と五人ほど客席に登場し私たち聴衆のほとんどにキャンディーを届けてくれました。クリスマスらしい楽しい演出です。

「シェナンドゥアー」

プログラムには説明がないのですが、アメリカの民謡かインディアンに伝わるメロディーかを元にして作られたようなことを司会者が解説していました。ゆったりと和音を聞かせる曲で、その響きを楽しみました。心地良くてうとうと?

「海を越える握手」

窮地に陥ったアメリカ軍隊を、イギリス軍隊が救ったことへの感謝から作曲された作品で、現在では海外との親善の場で演奏されることが多い曲なのだそうです。ご存知マーチ王スーザの作品で、「やっぱりスーザのマーチ」という印象です。吹奏楽~行進曲~スーザと強く繋がって考えてしまうのは素人感覚でしょうかね。でもそんな感覚、私の中では好印象な一体のものです。

「あのときすきになったよ」

朗読と音楽で綴るミュージックストーリー、という副題がついていました。こういう作品、わたしはあまり好きではないかな。でも、「新しい音楽形態に意欲的に取り組んでいる」ということでしょうか。

最終ステージ「心に残る冬の歌」
は、歌謡曲など織り交ぜながらのメドレーで、聴衆を楽しませるものでした。
アンコールの拍手に、指揮者なしで始まったのはクリスマス・フェスティバルのなかの一部だったかな。この演奏中に再びステージ脇からサンタさんが登場、そして前に出てきたかと思うと何と指揮台に上がって指揮をはじめてしまいました。何と指揮者の方がサンタさんで登場したんですね。茶目っ気の多い指揮者の先生に拍手拍手でした。

梨大合唱団68th定演

 今年も梨大合唱団定期演奏会に行ってきました。今年は第68回、1年に1回とすると67年前は1944年。「えっ、戦前から?」、心配ご無用です。今年も会った大先輩は私たちの10年ほど先輩でこの頃第20回くらいだったとか。しかしその前は、
    「はじめの頃は音楽家の発表会のようなもの。」
    「年に2回とかいうこともあったらしいよ。」
    「年1回の演奏会というようになったのは我々のころから」
とうかがいました。始まりは間違いなく戦後であったようです。

 今年のプログラムは、
    1stステージ  3つのバスク民謡
    2ndステージ  つぶてソングVol.1
    3rdステージ  合唱のためのシアターピース
          「食卓一期一会 -今日、何を食べましたか?-」

 バスク民謡の3曲だけはア・カペラでした。バスクというのはスペインとフランスの国境付近の地域、日本とよく似た風土だとか。
 つぶてソングは震災の後うまれた詩に曲をつけたものだそうです。
 そして3rdステージ、これが今回のメイン・プログラムであったようです。ステージ下にピアノが配置され、その手前に指揮台。ステージには食卓と客椅子1対が用意され、これを中心に歌のドラマが繰り広げられました。「包丁のつかいかた」では団員が包丁をもってトントンしたり、「クロワッサンのできかた」では魔女がパン焼き窯(?)に飛び込んでしまい、魔女のかぎ鼻が焼き上がってクロワッサンになったり。間には台詞が入ったりソロが入ったり、楽しく曲がすすみました。
 作曲者の信長貴富さんも紹介され、若い作曲家の作品も積極的に取り上げている指揮者のようです。プロの演出による「見せる合唱」、であったように思います。

 団員24人のほとんどが台詞・ソロ・演技と多様な力量が求められるようで、私たちのようにまさに素人が素朴にハーモニーを楽しんだ合唱とはかけはなれたもののように感じてしまいました。

讃美歌三重唱

 今日は休日出勤の代休、久しぶりの平日休みでした。そこでちょっとお出かけ、夕方「珈音」さんに寄って食事をしてきました。
    「12月です、あわよくば讃美歌を一緒に・・・・」
と讃美歌集を2冊持って。それから(ご主人さんはピアノの響きをきいてCDを選ぶそうなので)慎純さんのCDも持参しました。

 幸い、客は私たちだけ。そこで早速、
    「聴いていただけますか?」
と。普段聴けないような大きな音量でかけていただきました。広いフロア、立派なオーディオで聴くと、聴き慣れた音楽もひと味違いますね。そしてこの慎純さんの演奏、喜んでいただけました。音楽の好みはひとそれぞれ、そうした中で同じ演奏に喜びを共有できるのはうれしいことです。二十数分のCDを2回目も聴き終わったところで讃美歌タイムに。

 まずはフルセズ・コーラスで「まきびとひつじを」・「神のみこは」の音を確認、そんなところに女主人さんの合唱仲間が一人みえ、私たち夫婦と4人でこの2曲を唱いました。二人ともまっすぐな声で気持ちよい響きが楽しめました。
    「これでテナーがいたらなぁ」
と、欲も出てしまいます。お互い、ちょっと早いクリスマス気分でした。
 

男声同窓会(その3)

翌朝は早くから目が覚めてしまい、しばらくは布団の中でガマンしていたのですがどうももう眠れそうもないと6時前に起き上がってウォーキングに出ました。標高の高いところですから寒さ対策にセーターも用意したのですが、この日の朝は暖かで厚着もせず快適に1時間ほど歩いてきました。帰ってくると2人が起きていてやはりウォーキングに行ってきたとのこと、この年になると考えることは同じですね。

ゆっくりとした朝食後は駅前に土産探しに、そして1名減りはしましたがわが家に寄っていただいてかつての録音やフルセズの録音を聴いたりまた唱ったり。

昼食には「美味しいカレーを!」と珈音さんに向かいました。ここは立派なオーディオとピアノがあり、私たちのような集まりにはぴったりなのです。お店に着くとき乗用車が一台出てきました。到着して車を降りると店の看板には「本日1時半まで貸し切り」の表示がでていました。先ほどの車は私たちのために泣いていただいた方だったのですね。ここのカレーには「美味しいね」と舌鼓をうち、その後は珈琲も。そのあいだここではフルセズの男声讃美歌三重唱、甲府での私たちの混声合唱、そして山形南高OBの録音と聴きましたが、そのファンの私たちのこと、最後には語らいも途絶えて静かに聴き入ってしまいました。

そして最後には唱う時間、昨日唱った曲ではありますがいつもの男声合唱を唱いはじめました。録音で耳が呼び覚まされたのか会場の音響や雰囲気がいいのか、ここでの合唱が響きを一番楽しめたように思います。それから珈音さんにも入っていただいてクリスマスの讃美歌「あらののはてに」「神のみこは」、珈音さんはまっすぐな声の美声で私たちのような合唱にはぴったりのソプラノなのです。最後にまた数曲の男声合唱、かつてよく唱った「我が友よ」で解散となりました。

一泊二日よく唱いましたね、楽しい時間をいただきました。

男声同窓会(その2)

昨年は東京の「男声合唱フェスティバル」というのを聴きましたが、その時は「男声合唱本来のハーモニーの響きが聞けないな」というものでした。今回の私たちの三十数年ぶりの合唱、耳ももうどこかにいってしまっているように心許ないハーモニーですが、でも男声のハーモニーの感覚が少し感じられました。やはり「聴き合う心」を失ってはいないという事でしょうね。

宴会の場所は小さなコテージの中で独立した建物でしたから、周囲に気兼ねなく遅くまで楽しむことが出来ました。料理が魅力のこの施設ですが箸をつけるまえの料理を写真におさめるのを忘れてしまいました。映像では紹介できませんが豊富な料理を前にゆっくりと語らいの時間を過ごしました。前もって、

「唱う人達なので、できることならピアノのある部屋で・・・・」

とお願いしておいたものですから、施設のオーナーの方から

「ピアノの部屋は使えませんがカラオケは用意しておきましたから。」

とのこと、まあ唱うのが好きな人達ですから辞退もせずにおいたので、脇にはカラオケの映像が流れていたのですが、やがて

「電気がもったいないので止めましょう。」

と。そしてやはりここでも始まりました、合唱が。片方では語らいの場、そして他方の3・4人は唱う。もちろん私は後者の方でした。ここで唱ったのは讃美歌、山形の方たちの録音の中には男声3人による讃美歌があり、それがまた実によくハモっているんですよね。そんなことから讃美歌を唱うチャンスもあるだろうと学生時代に唱ったことのある讃美歌のコピーをファイルにして持ってきていたのでした。この讃美歌を唱えるものを片っ端から20曲以上は唱ったでしょうね。男声パート(テナーとバス)しか唱ったことのないメンバーですがそこは分離唱の合唱経験者、初めての女声パートも代わる代わるです。こんな唱い方でも結構ハーモニーを感じられますね。

ここでは頃合いを見計らってアイスクリームがでるのです。バニラ・フルーツ味・チョコ味・抹茶味など6種類くらいが大きな器でやってきて、それぞれ好きなものを好きなだけ自分でとって食べるのです。お変わりも自由、豪快なサービスです。
アイスクリーム
そんな宴会も徐々に引き上げる人が増え、最後に残った4人がお開きにしたのは夜中の1時頃でした。

男声同窓会

大学卒業後、甲府で梨大合唱団とは別の分離唱による女声合唱・男声合唱・混声合唱がありました。私にとってここでの合唱は貴重な音楽体験・ハーモニー体験で、このこともいつか書いてみたいと思いつつ今に至っています。
ここでの男声合唱は私たち梨大合唱団の卒業生、同年代の大学院生、それから私たちの若干後輩に当たる大学生、なかには大学合唱団ではなくして私たちと唱った学生もいました。そんな交流ももう三十年以上も年賀状のやりとり以外はなくなっていたのですが、6歳年下の同級生四人は大変仲良しで家族ぐるみの交流をしているとのことでした。そんな彼等がうらやましく、

「今度仲間にいれてくれない?」

とお願いして実現したのが、この土日にあった男声同窓会です。連絡できたのが13人、そして集まったのは8人でした。

 

会場は山梨県清里の「○○ロッヂ」、ここはわが家ではよく利用させていただくところなのですが、いつもグランドピアノがある部屋で宴会、そして夜遅くまでその部屋でのみながら食べながら唱うことが出来る我々の同窓会には格好のところなのです。しかし紅葉シーズン真っ盛りのこの日、この施設は満員で人数の少ない私たちの団体はピアノのある部屋での宴会は断念。それでも

「時間になるまでピアノを使わせていただけませんか?」

とお願いし、夜の予定は入っていないというホール(一番大きい部屋)のピアノの前で唱い始めました。かつて唱ったのもさほど長い期間ではなかったので、唱える曲は少ないのですが、こんな曲を唱いました。

夏の夜の星
聖なる心にのみ
野ばら
山の乙女
すすき
オーラ・リー
明日まで
親方と弟子
Adoramusu te
お医者さん
今は若き子
ピクニック
セレナーデ
菩提樹
我が友よ

三十数年ぶり、唱うのは難しいのではと思っていたのですが、楽譜があれば唱えるものですね。宴会の時間を気にしながらも、

「どうせここの宴会はエンドレス、宴会開始は遅れてもかまわないだろう。」

と、30分くらいは宴会を遅らせてしまいました。
(94.0k)

おせち?

肩から腕にかけたしびれのための自然形体高幡不動通いも本日最終回(の予定)を終えました。お陰で、ハンドルを握っていられないほどのしびれが嘘のようにひき、全快状態となりました。
終わった後は八王子に回って分離唱繋がりのOさんから手料理をいただいてきました。
岡部料理
帰宅して広げてみるとびっくり、皿に盛りつけるとこれはまるでおせち料理でした。わが家に眠っている少しばかりの日本酒をかき集めての楽しい夕食となりました。佐々木先生と○大合唱団の橋渡しをしたOさん、永らくおつきあいがなかったのですが「森の音楽会」のご縁で今もこうして大事な繋がりを保たせていただいています。
(93.0k)

常在寺 見納め

食事が終わってそれぞれまとめた荷物をマイカーに載せてから改めて残ったメンバー12人でそろって常在寺の境内に出かけました。すると家の前に住職さんが、そこで近づいていって「昔お世話になりました」と挨拶すると先方でも喜んでくれました。そして話してくれたところでは、私たちが合宿で宿泊した庫裏は大きく立派な建物ですが解体が決まっているのだそうです。耐震性に問題があり、修理で耐震性を高めるのにも新築と同じくらいかかってしまう、そこで檀家の皆さんと相談の上解体・新築することになったのだそうです。思い出の寺の建物も今年が見納めということで、「どうぞ中へはいってご覧下さい」と親切に言っていただきみんなそろって懐かしい建物の中を見て回りました。

玄関をはいるとすのこ、下駄箱、廊下、階段は突き当たって左右に分かれて更に昇り二階からは河口湖が望めます。夜のミーティングをした二階の小さな部屋、また一階に下りて縁側とゆっくり回って懐かしみました。
庫裏1
このとき残っていたのはS4・A2・T3・B3、そこで庫裏を出て境内ではまた唱うことにしました。「寺の境内で讃美歌を唱ってはわるいよね。」と、

「三匹の蜂」
「君を去りて」
「霜のあした」
「すかんぽの咲くころ」
「汽車ぽっぽ」

私たちはア・カペラ合唱団でしたからね、よく「どこへ行っても唱ったよね」という話になります。甲府の愛宕山に登ったとき、他大学との交換会の帰りの電車の中などなど。練習場で唱うのもいいけどお空の下で唱ったのもまた思い出深いですね。寺の境内でうたうのもそんな当時の記憶と繋がってうれしいものです。
庫裏4
OBの皆さん、常在寺は今年が見納めですよ。
以上、今年の同窓会報告でした。

合唱団同窓会(その2)

同窓会二次会
合唱が終わったところで宿泊の部屋に戻り、お酒とお喋りの時間となりました。一時間ほどまわりの人と歓談したころ、幹事さんの一声で参加者それぞれの近況報告が始まりました。それぞれの思いがあり長くなる人、昨年話したことは言わないと気遣いを見せる人と様々ですね。話の内容も仕事のこと、学校のこと(女性は教員が多いですからね)、退職後のこと、健康上のこと、家族のこと、中にはリクルート活動の話をした人もいました。この日の合唱がなかなかよかったものですから、酒の力を借りて少々気が大きくなった人も・・・・(笑)。そんなことで楽しいおしゃべりの時間もあっという間に午前様、でもかつてのように夜を徹して話すなんていう豪傑はいなくなりましたね。健康第一、かな。とはいっても就寝は午前1時頃だったでしょうか。

 

翌朝5:30、先輩のAさんが起きて着替えている音で目が覚めました。見るともうすっかり着替えています。

「もう帰るんですか?」
「そうじゃないけど、この時間目が覚めるともう眠れないんだよね。散歩に行ってくるよ。」

御室浅間神社
それではとお伴することにしました。私のいつものウォーキングは6時過ぎですから、この日のスタート時間は新記録です。民宿から常在寺の境内、河口湖畔に出て遊歩道を、それから富士ビューホテルの敷地内を一巡りして戻って1時間。この先輩は分離唱による合唱指導を長年続けている方です。昨夜も聞いたのですが、ここでも先輩の合唱への熱い思いを語ってくれました。大学卒業後分離唱の合唱を広めたい一心で活動してきたのだそうです。私たちが卒業後友人と一緒に聴きに行った佐々木先生指揮、梨大合唱団の御殿場公演もこの方が中心になって招聘し、裏方もされたのだそうです。大変なご苦労だったようです。

「御殿場公演の録音ってないんですか?」
「それが、録音はしなかったんだよね。」

と言うわけで長年気になっていた録音へののぞみは絶たれましたが、先輩の指導する合唱を聴かせていただくという新たな希望が出てきました。散策から戻ってみると宿泊室で寝ているのは一人だけ、しかし誰もいません。同宿の方々も私たちと同じように朝食前にこの懐かしの地の散策に出かけたようです。やがて皆さんが戻ってもうすぐ朝食と言うときやっぱり唱いましたよ、男声合唱の「すすき」。唱えるときには唱わなくっちゃね。

合唱団同窓会

梨大合唱団の同窓会がありました。
私たちの前後3学年の会となって4年目、年1回の恒例の集まりです。場所は学生時代に夏合宿をした寺のすぐ隣の民宿、ここはちょっとした音楽ホールがあり音楽団体が合宿にも利用するところで今も合唱活動をしているSさんの推薦でこの場所が決まったのです。学生時代の夏合宿は決まって9月1日~8日の7泊8日、炊事も自分たちでして大変思い出深いお寺「常在寺」。そのすぐ隣での会でしたので多くの参加を期待していたのですがむずかしいものですね。都合のつかない人も多く集まったのは17人、でも各パートがバランス好く集まり合唱には十分でした。

集合時間は4:30でしたが今年は早めに到着しました。私より早く到着した車が3台ありましたが民宿には不在、私も荷を下ろしてすぐに散策、40分ほどのウォーキングでした。参加者それぞれが私同様に集合時間までの時間は懐かしの常在寺とその周辺を散策していたようです。

民宿に戻ると人も徐々に集まり始め、久しぶりの再会に懐かしい会話が弾みましたが、楽譜を配り夕飯(宴会)30分ほど前になると唱い始めました。まずは

「さくらさくら」
「今様」
「荒城の月」

といったところだったかな。しかし久しぶりの合唱はそれはそれは大変、耳などどこかに行ってしまっているようです。2曲ほど唱った後、「ホールに行けばピアノがあるよ、そこへ行こう」、わずかな時間ではありましたがそちらへ移動して分離唱から始めました。そしてその効果は絶大、なかなかいい雰囲気になってきました。でもすぐに夕飯の時間になり会食の場へ移動しました。

今なお分離唱の合唱を意欲的に指導しておられるSさん、今回は都合で夜のうちに帰るとのこと。そこで「夕食時にはお酒は控えてあとの合唱が終わってから飲みましょう。」などとは言っていたのですが、でも座ってしまってビールが出てしまうともう宴会モードに入りそうになってしまいます。しかしこのSさんのテーブル(3つのテーブルを囲んでの会食でした)は食事を早々に切り上げセルフサービスの片付けも済ませてまたホールへ移動してしまいました。それに促されて他のテーブルでも会食を終え、全員がホールにそろったのは7:30頃だったでしょうか。

さて、ここからが合唱の時間。音楽サークルの練習用ホールは響きもよく、ここでは単に唱って楽しむだけでなく半ば練習のような合唱の時間になりました。唱った曲目はもう順序は忘れてしまいましたが、

「みどりもふかき」
「いつくしみ深き」
「つかれしものは」
「主よこころみ」
「ガリラヤの湖畔」
「ナルドの壺」
「かみともにいまして」
「みたまなるきよきかみ」
「しずけき河の」
「むくいをのぞまで」
「こころの緒琴に」   と、讃美歌。

それから、

「浜辺の歌」
「すすき」
「背くらべ」
「赤い靴」
「汽車ぽっぽ」
「よしきり」
「光のお宮」
「われは幼く」
「埴生の宿」
「平城山」
「緑の森よ」
「はるかな友に」
「青い小鳥」
「夏の夕べ」

間には男声合唱

「Adoramus te」
「夏の夜の星」
「聖なる心にのみ」
「進めわが同胞よ」
「雨」

「雨」は女性にトップテナーを1オクターブ低く唱ってもらいましたが、こういう形もなかなかいいものです。
それから山梨ゆかりの小山章三作曲の「山河抄」、それによく似た「千曲川の水上を恋うる唄」の二つの組曲を楽譜なしで唱ってみました。合唱が終わったのは10時頃だったでしょうか。

今回の合唱ではかなり練習に近い形態となり、そのためか幾分唱った曲数は少なかったようです。でもなかなか密度の濃い内容になり、かつての感覚を少し取り戻すことができたようなうれしいものでした。来年は夕食前にもっとたくさん唱えるよう、もっと早く集まろうということになりました。先陣をきって人生の第二ステージに足を踏み入れた人も現れてきたこの集まり、この先どんな展開となるのでしょうか。楽しみです。