日別アーカイブ: 2006年2月26日

分離唱による合唱団の誕生

佐々木先生を指導者としてお迎えしたのは1973年4月からです。以前は県内のその世界では有力な指導者のもとでコンクールへ出場し全国大会に出場したこともあったそうです。しかし72年度は外部指導者なしで活動していました。そして指導者のいない活動に限界を感じて、次期の中枢をになう学年の人たちから指導者を呼びたいという声があがったのです。

団員の中に一人、佐々木先生のお弟子さんのレッスンに通う方がおり、その方の関係かと思うが72年の5月ころ一度先生にご指導をいただきました。そしてこの年の11月、次期学生指導者に決まっていたAさんが、先生が長年指導していた山形南高校OB合唱団(男声合唱)の定期演奏会を前述のお弟子さんらとともに山形まで聞きに行きました。このコンサート、Aさんにとっては衝撃的だったそうです。とにかく「初めから終わりまですべてハーモニーの連続だった、すごい!」というふうなことを聞いた覚えがあります。感激して先生と握手をしてきたというようなことも聞いたように思います。

そんな背景もあり、73年から先生の指導を仰ぐことになったのです。

年間スケジュール等

練習は毎日昼休みに30分、水曜日の夕方1時間半(2時間だったかも知れない)、土曜日の午後3時間でした。今考えると何と恵まれた環境だろうかと思います。それから、4月の講義が始まる前の春合宿(3泊4日だったかな?)、9月の1~8日の夏合宿(当時は7/11~9/10が夏休みだった)、前期と後期のあいだの休みに秋合宿(2泊3日かな?)。定期演奏会は11月か12月に甲府で、先生の指導が始まってからは3月に東京公演がありました。東京公演は何年か続けた後、年末に開かれるようになりました。東京公演は先生が主催したもので、その先生の手によりその年のLPレコードを作成していた。このソースは東京公演での演奏が中心であったものと思っています。