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「手紙屋」

「手紙屋」
~僕の就職活動を変えた十通の手紙~
喜多川泰
ディスカヴァー

 主人公:西山亮太は大学4年生。出遅れた就職活動をどう始めようかという視界不良な時期に行きつけの喫茶「書楽」で見つけた貼り紙にはこんなことが。
『はじめまして、手紙屋です
手紙屋一筋十年。きっとあなたの人生のお役に立てるはずです。
私に手紙を出してください。』
そこで始まった文通は相互に十通、その内容は就職活動、内定後、さらに人生の目標などなど。主人公が手紙を通して仕事に生き方に、そして未来に目を向け成長していく姿が読んでいても嬉しい。手紙屋さんからの手紙は著者も練りに練った言葉の数々でした。そしてこのはなしの最後には手紙屋さんが登場します、意外な人物。
こんな本、学生時代に出会えたらよかったな。

「刑事何森 孤高の相貌」

刑事何森孤高の相貌「刑事何森 孤高の相貌」
丸山正樹
東京創元社

 主人公:何森稔はいくら命じられても警察組織をあげての「裏金づくり」のための偽の領収書作成を拒否して「非協力者」の烙印を押され出世の道も閉ざされた埼玉県警の刑事。捜査の現場から外されても自己のこだわりや正義感で独自捜査をすすめ事件を解決してゆく。
「灰色でなく」では本人からの自供も得られ解決したかに見えた事件も、主人公の妥協しない捜査で容疑者の冤罪を免れます。
「ロスト」では3人組銀行強盗の後事故を起こした1人の容疑者が逮捕された。容疑者は自身のことが全くわからない記憶喪失で強奪された金の行方もわからず、しかも2人の犯人は行方不明なのだが、逮捕された記憶喪失の容疑者は犯行当時は責任能力ありとの判断で有罪となり、記憶が回復しないまま7年の刑期を終え釈放。実名もわからないまま更生保護施設に移り友田と呼ばれて更生生活が始まる。その一旦終わったかに見え警察組織の中では疎外されている事件を協力者一人と黙々と追い続ける主人公に共感が湧きます。

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「シャルロットのアルバイト」


シャルロットのアルバイト
近藤史恵
光文社

 シャルロットシリーズの「シャルロットの憂鬱」につづく第2巻。池上家は夫婦と警察犬を引退した大型犬シャルロットの二人と一匹暮らし。よく躾けられて賢い愛犬との生活、他所の犬との関わりの中で遭遇する様々な問題の謎解きしていく温かいお話集6話収録です。

1作目ではシャルロットと散歩中に迷子のトイプードルに遭遇、やむなく家に連れ帰って保護する。飼い主が見つかるまで面倒を見ることになりますが、与えたドックフードは見向きもせず小型犬用のフードを用意しても同じ。ネットに載せた飼い主捜しには「譲って欲しい」など不快なメールが届いたりするものの、わがままな迷子犬まで面倒を見る主人公夫妻には感心してしまいます。
表題の「シャルロットのアルバイト」は4話目。かかりつけの動物病院で犬好きな様子の男性に声を掛けられた内容はシャルロットのアルバイト。小犬を預かって「しつけ教室」を営んでいる男性で、シャルロットに小犬の相手をして欲しいという。教室を運営する姉弟も感じのいい人で、そこで始まったアルバイトの内容にはシャルロットもお気に入りの様子。だが、教室の不穏な評判も耳にはいってくる。ここでも小犬を温かく見守るシャルロットの性格のよさをほんわりと味わいながら問題が解決していく、心地よい読後感のお話でした。

「木挽町のあだ討ち」

木挽町のあだ討ち
永井紗耶子
新潮社

 今年の直木賞作品、図書館の司書さんに薦めていただきました。
父殺しの元下男の仇討ちを誓って国を出て江戸にやってきた美少年若侍:菊之助はみごと宿願を果たして帰って行った。その国元から別の若侍が仇討ちの証人を求め舞台となった芝居小屋が建つ町:木挽町をたずねる。木戸芸者、殺陣の指南役、衣装の支度や繕いをする女形、小道具の夫婦、戯作者と仇討ちの目撃証人に仇討ちの模様だけでなく証人の周辺の事情も聞いて歩き、理不尽に仕組まれ実行に追い込まれた仇討ちの実像を徐々に露わにしていく。芝居小屋周辺の人間模様もおもしろい。

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「かもめ食堂」

かもめ食堂

「かもめ食堂」
群ようこ
幻冬舎

サチエの父は古武道の達人でその指導を受け武道もなかなかの達人。早くに母を亡くしているが、料理上手だった母の影響からか家では料理をし、食物科がある高校へすすみ、大学在学中もフレンチ、イタリアン、和食、エスニックと片っ端から料理教室に通い、やがて「素朴でいいからちゃんとした食事を食べてもらえるような店」を開きたいと考えるようになった。資金も蓄えたサチエは38歳で父の下を離れ遠くフィンランドの首都ヘルシンキの街中に「かもめ食堂」を開店させた。大きな看板も出さず宣伝もしない。来客には必ずすすめるおにぎりはフィンランド人には受け入れてもらえず、それでもやがては口伝えで客も増えていく。揺るがぬ姿勢のサチエと「かもめ食堂」を、読んでいて応援したくなります。

「お探し物は図書館まで」

お探し物は図書室まで

「お探し物は図書館まで」
青山美智子
ポプラ社

 5つの短編集で主人公は婦人服販売員、メーカー経理担当者、元雑誌編集者、ニート、定年退職者とさまざま。
地域の小学校に隣接して羽鳥コミュニティハウスがある。ここでは将棋、俳句、リトミック、健康体操、フラワーアレンジメントなど数多くの講習会やイベントが行われ、図書室も併設されている。自己の生活の変化を求めてコミュニティハウスを訪れた主人公達がこの図書室にも立ち寄ってみると、そこには大変体格が立派な司書さんが希望に沿ってリファレンス(本の紹介)をしてくれるが、同時に一見希望には縁遠いとも思える本も一冊紹介してくれる。そしてその本がそれぞれの主人公の生活や生き方に一石を投じていくという面白いおはなしです。

「よくがんばりました」

 

よくがんばりました

 

「よくがんばりました」
喜多川泰
サンマーク出版

 石橋嘉人は妻と中二・小五の子を持つ中学の数学教師で50歳を超えたベテラン、不安を抱える若手の心配を心配するような立場になっている。そんな嘉人に実父が亡くなったとの連絡が遠く愛媛県西条市の警察から入る。父は湊哲治、嘉人が中学生のとき父の余りの所業のひどさに母とともに父の下を去り今は姓も違っている。その母も既に亡く、父の存在は嘉人の心にはほとんどなくなっていたのだが、唯一の肉親として亡き父の下を訪ねる。父の家は嘉人母子が去った当時そのままに、そして今は食べていくのも難しいだろうと思われる貸本屋を続けていたという。冷え切った心のまま父を知る人たちにも別れを告げて帰郷するつもりの嘉人であったが、少しずつ少しずつ家族から見たらどうしようもないと思える父の外での生き様が見え始める。
自分ではどうにもできないほどの強い自己否定感、そんなに極端ではないにしても十分には自己肯定できない人は多いはず、そんな人を力づけてくれるようなお話でした。
嘉人の職場ではコロナ禍で行わなければならないネット授業に悩む教師が描かれている。現代を象徴するような学校の状況、主人公が職場に帰ってきて悩める後輩達にどんなふうに接してくれるのだろ、なんて思ってしまいました。
西条まつりも知りませんでした。ネットでも検索してみましたが、何というだんじりの数、何と勇壮なまつりでしょうか。この地で産まれた作者の、まつりへの強い思いもにじみ出ているんでしょうね。

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「回帰」

回帰

「回帰」
今野敏
幻冬舎

 警視庁強行班係・樋口顕シリーズ5作目。
樋口の出身大学の近くで爆発事件が起きた。上司天童管理官の下にはテロの予兆との情報もあり、公安部と一緒の指揮本部が立ち上がる。参考人への人権も考慮したい刑事部と強行さの潜む公安部の姿勢の違いや情報の共有面で信頼関係を築きにくい中で、歩み寄りを見せながら捜査がすすんで行く。一方で大学生の樋口の娘はバックパッカーとして海外を旅行したいと言いだし、その対応にも悩んでいる樋口の庶民的な心理を描きながら事件の核心に迫って行く。今回も面白い作品でした。

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「天使のにもつ」

天使のにもつ

「天使のにもつ」
いとうみく
童心社

 職場体験をすることになった中学2年生斗羽風太、先輩や友人のはなしを聞きながらも数ある体験先の中にやりたいことが見つからず、「子どもと一緒に遊んでいればいいのだろう」と軽い気持ちで保育園での体験を選んでしまう。そしてはじまった5日間の保育体験、小さな子達に囲まれ振り回されながらも園児に関わっていく風太が微笑ましい。

「零から〇へ」

零から〇へ

「零から〇へ」
まはら三桃
ポプラ社

 昭和20年初冬、19歳の松岡聡一は鉄道技術研究所に就職した。父を戦争で亡くし、自身は視力がもとで戦争に行けなかったことを心の傷としていたが、職場には零戦や桜花など戦争用飛行機の開発に携わった技術者達が多くの人を死に追いやった苦い経験から新しい列車を平和の乗り物として作り出そうとしているところだった。満州からの引き上げの苦しい過去をもつ寧子に惹かれながら、先輩技術者達と新幹線に開発に情熱を燃やす物語、敗戦から立ち直る当時の日本を頭に描きながらの一機読みでした。

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