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「時のみぞ知る」(上・下)

時のみぞ知る「時のみぞ知る」(上・下)
-クリフトン年代記 第1部-
ジェフリー・アーチャー
新潮文庫

 1920年代、イギリスの港町ブリストルが舞台。主人公:ハリー・クリフトンは父を早くに亡くし、ウェイトレスをしている母、港湾労働者の叔父の下で育ったが貧しく学校にも十分に通わない少年。自身将来は叔父と同じように港湾労働者として働くものと思っていた。だが素晴らしい声に恵まれ、港に置かれた古い客車で生活するジャックにも助けられ、富裕層の御曹司たちが通う名門校に聖歌隊奨学生として入学する。

先輩たちから再三いじめを受けたりもするが、ジャイルズという名家出身の親友を得て、ハリーは彼の成功と幸福を願う多くの人の支えの中で成長していく。やがて明らかになっていく父の失踪の謎、ハリーの出自、そして恋愛等々ドラマが次々と展開していきます。次々とページをめくらなくてはいられない作品。

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「俺たちの箱根駅伝」

俺たちの箱根駅伝俺たちの箱根駅伝(上・下)
池井戸潤
文藝春秋

 箱根駅伝の名門:明誠学院大学陸上部の主将隼人、一年時は箱根本線出場を果たしているが隼人自身はメンバー入りできず、最終学年の今年に期していた。10月の予選会はわずかな差で本選出場を逃してしまったが隼人は監督交代を告げられると同時に学生連合チームに選出される。後任監督は学生時代の名ランナーだが卒業と同時にビジネスの世界に入り陸上からは離れていた甲斐真人、しかもその甲斐が学生連合チームの監督を任されることに。監督後任人事への批判、学生連合チームへの批判、陸上部の中で一人だけ箱根出場がかなう隼人への風当たり等課題山積の中でどのようにチームがつくられ本選に向かうのか、興味の尽きない構成で一気読みでした。

池井戸作品で「箱根」を扱ったものははじめてですが、フィナーレはやはり池井戸流。この作品、単発でおわるのでしょうか。続編、甲斐監督が育てる明誠学院大陸上部のその後が読みたいな。

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「バリ山行」

バリ山行「バリ山行」
松永K三蔵
講談社

 「バリ山行」のバリはバリエーション・ルートの略。整備されたの登山道に対して、道なき道(バリエーション・ルート)を歩く登山のこと。時には危険を伴う場合もあり得る山行。

主人公:波多は内装リフォームの会社から建物の外装修繕を専門とする会社に転職して2年。前職では人のつながりをあまりもたなかったためにリストラ対象となってしまった。そんな経験から社内行事のような形で開催された六甲登山に参加。その集まりもやがて定例化して社内登山部に発展し、波多は無理のない登山にだんだん魅せられていく。そんな時、同じ営業部の先輩:妻鹿(めが)は同僚とほとんど関わりを持たず独自の営業をしているが、同時にバリ山行に度々出かけていることを知る。近寄りがたい妻鹿ではあるが、仕事上彼に助けられた波多が社の経営方針・営業方針が変わる中でも独自の営業を続ける妻鹿の山行きにも関心を持ち始める。仕事の上ではマイペースの一方、私的にはバリ山行に魅せられている妻鹿の人物描写が面白い。

バリ山行から帰って寝込んでしまった波多への妻の対応が余りにも淡泊、そんな様子を作者もさらっと書いていますね、ウ~~~ン。
本年度の芥川賞作品です。

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「幾世の鈴」

 

幾世の鈴「幾世の鈴」
~あきない正傳金と銀 特別編下~
高田郁
角川春樹事務所

 11冊で完結した「あきない正傳金と銀」のスピンオフ的短編四話を収録。五鈴屋八代目徳兵衛となっている周助が元主人の店:桔梗屋の再興を決意するまでを描く「暖簾」。幸のよき相談相手であり女でありながら幸同様に商売に工夫を凝らし簪等を商う菊栄が幸が江戸を去りながらも更にたくましく商いの道を歩もうとする姿を描く「菊日和」。夫婦で江戸を追われたどり着いた播磨の国で宿を営み、姉の幸への頑なさを徐々に和らげていく妹の結を描く「行合の空」。五鈴屋九代目で幸と夫婦になった賢助が店を揺るぎない次の百年につなげようと工夫を凝らす「幾世の鈴」。

シリーズ最終巻はまだ続編が出るのではと期待も持たせるような終わり方でしたが、「幾世の鈴」でようやくはっきりと終わりを告げたような印象です。「あきない正傳金と銀」というタイトルもこのお話で頷けました。

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「草花たちの静かな誓い」

草花たちの静かな誓い

「草花たちの静かな誓い」
宮本輝
集英社

 弦矢の叔母:菊江はアメリカ人と結婚しアメリカ暮らし、伴侶も亡くなっていて日本国内を一人旅の中伊豆の温泉で亡くなってしまう。旅行保険の緊急時連絡先となっていた弦矢は遺体を引き取り、事後処理に渡米。菊江の契約していた弁護士から莫大な遺産の相続人になっていることを知らされる。しかも死亡したと思っていた一人娘は5歳のときに誘拐されていて生死不明であること、その娘が見つかった場合には遺産を渡して欲しいという故人の意向も知らされる。弦矢は叔母の娘の生死の確認と事件の謎解きを始める。

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「それでも旅に出るカフェ」

それでも旅に出るカフェ

「それでも旅に出るカフェ」
近藤史恵
双葉社

 前作「ときどき旅に出るカフェ」の続編です。

コロナ禍でテレワークとなり何かと不自由さと憂鬱を感じている一人暮らしの奈良映子。気に入りの店「カフェ・ルーズ」も今は閉店している。この店は映子のかつての同僚:円(まどか)のひらいたお店、自ら旅して世界各地の土地に根ざしたスウィーツやドリンクを再現してメニューに加えている。その円とも親しくなっていたのだが音信不通状態。 そんな時、珍しいスウィーツを購入したお店で円がキッチンカーでの移動販売と焼き菓子の通販をしていることを知る。彼女との再会、そして「カフェ・ルーズ」もまた営業を再開する。

美味しいスウィーツで来客それぞれの悩みに寄り添うようにもてなすお店が静かな人気になっている様を読みながら感じられる。店主円をそっと応援している映子、そしてお店をやっていく上での円の芯の強さも魅力です。

「水車小屋のネネ」

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「水車小屋のネネ」
津村記久子
毎日新聞出版

 母親の再婚にともない、内定していた服飾の短大への進学を諦めざるを得なくなった姉:理佐(18歳)とネグレクトのような状況の妹:律(8歳)。家を出て姉が働いて独り立ちし妹を育て、二人で成長していく物語。就いたのは蕎麦屋さんのホールでの仕事と水車小屋でそば粉を挽く仕事。水車小屋には人間と会話ができるヨウムのネネがいてそば打ちに欠かせない役割を担っている。姉妹と蕎麦屋さん夫婦、老女性画家、律の同級生とそのお父さんなど多くの人がネネの世話をし、ネネ自身も人と関わり共に生きていくのが心を暖かくしてくれるような小説です。
オウムのようにただ人間の真似をするだけでなく、ある程度の思考能力があるようなネネが愛らしく描かれていますが、調べてみると実際にヨウムという鳥は知恵もあり長命で、お話の中でのヨウムの賢さは嘘ではないようです。本屋大賞候補作。

「夜空にひらく」

夜空にひらく

「夜空にひらく」
いとうみく
アリス館

 母に捨てられ祖母に育てられた17歳の鳴海円人。アルバイト先のコンビニで窃盗事件の濡れ衣を着せられ、はめられた相手に対して暴力事件を起こし傷害罪で家庭裁判所へ送られた。家庭裁判所の審判ではさまざまな事情と家庭環境を考慮した上で試験観察という処分となり、山梨にある煙火店(花火屋さん)に預けられ試験観察の生活がはじまる。人の優しさに慣れない円人が周囲の人の温かい人たちに囲まれ徐々に心をひらいていく。じんわりとこころ温まる物語。
いとうみく作品では「車夫」に通ずるものがあるかな。「車夫」もよかったけでこれもいい。

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「となりのナースエイド」

となりのナースエイド

「となりのナースエイド」
知念実希人
角川文庫

 放送された同名ドラマの原作を読んでみました。
桜田澪は同僚3人と働く星嶺大医学部附属病院の新人ナースエイド(看護助手)。特に資格が要らないが医療行為はできない職であり、職場の医師や看護師からは軽んじられている。しかし彼女は元優秀な外科医、姉の病死をきっかけに医療行為に対してトラウマがあり、医師を辞めて患者の心に寄り添うナースエイドになったと言う経歴をもつ。同じ病院に勤める天才外科医:竜崎とはアパートが隣室で次第に接近。姉の死に他殺の疑惑が浮上し。竜崎や同僚たちと寄り添う仕事を積み重ねながら疑惑を追及していくおはなし。おもしろいストーリーです。
ドラマは原作からのアレンジも多いですね。ドラマを見た人にもおすすめ。

「手紙屋」

「手紙屋」
~僕の就職活動を変えた十通の手紙~
喜多川泰
ディスカヴァー

 主人公:西山亮太は大学4年生。出遅れた就職活動をどう始めようかという視界不良な時期に行きつけの喫茶「書楽」で見つけた貼り紙にはこんなことが。
『はじめまして、手紙屋です
手紙屋一筋十年。きっとあなたの人生のお役に立てるはずです。
私に手紙を出してください。』
そこで始まった文通は相互に十通、その内容は就職活動、内定後、さらに人生の目標などなど。主人公が手紙を通して仕事に生き方に、そして未来に目を向け成長していく姿が読んでいても嬉しい。手紙屋さんからの手紙は著者も練りに練った言葉の数々でした。そしてこのはなしの最後には手紙屋さんが登場します、意外な人物。
こんな本、学生時代に出会えたらよかったな。