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「ふたつめの月」

ふたつめの月「ふたつめの月」
近藤史恵
文藝春秋

 近藤作品「賢者はベンチで思索する」の続編で前作同様主人公は久里子、そして前作の賢者(?)国枝さんは本名の赤坂さんとなって登場する。久里子は服飾雑貨の輸入会社に就職し仕事にやりがいも感じ始めていたところに上司からリストラを言い渡されてしまう。落ち込んで両親にも話せず職探しにも踏み出せず毎日出勤のふりをして家を出る毎日。そんな中、元職場の同僚から久里子の離職が自らの意思であったかのように扱われている言われ不信感が膨らみ始める。行方不明だった赤坂老人にも偶然再会でき、この作品でも時々会う赤坂の言葉に救われ自身の悩みが解消されていく。料理修行のためイタリアに渡った弓田譲との関係の推移も楽しみ。

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「賢者はベンチで思索する」

「賢者はベンチで思索する」
近藤史恵
文藝春秋

 21歳の七瀬久里子は服飾関係の専門学校を出たが思うような職が得られないままファミリーレストラン「ロンド」でアルバイトをしている。自身の未来や引きこもり気味の弟に漠然とした不安を抱え、帰り道小さな公園で慣れないタバコを吸おうとしていたところを老人に声かけられる。ロンドの常連客で、認知症も疑われるように店が暇なとき決まって窓際に席を取り、持参した数日前の新聞とコーヒー一杯で長時間を過ごす老人:国枝。しかし公園で会う時の老人は別人のようで、久里子の話を聞いてくれるようになっていく。やがて老人の何かしらの一言が久里子の抱えている不安を少しずつ晴らすきっかけとなっていく。久里子と国枝老人の心温まるつながりが心地よいお話。

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「桜が散っても」

桜が散っても「桜が散っても」
森沢明夫
幻冬舎

 大手建設会社帝王建設に勤める忠彦は植物好きで妻子と自宅の庭に花を育て週末には自然豊かな桑畑村で渓流釣りを楽しんでいたが、この地に自社が関わって大規模のリゾート開発計画が進んでいる一方でその計画が地盤的に問題があることを知る。そのことに心痛めながらも久しぶりに桑畑村を訪れた忠彦は大規模な山崩れに遭遇し声を失ってしまう。さらには心も病んでしまい家庭が破綻、忠彦は一人家を去ってしまう。残された妻麻美、息子の健太と娘の里奈、それぞれが家族を捨てて去った夫・父は許しがたく心から消し去りたい思いを抱きながら年を重ねていた。そんな母子に父の訃報が届く。
家族それぞれの視点で物語がすすみ、失われていた父との心のつながりが少しずつ温められていくような物語。

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「星の教室」

星の教室

「星の教室」
髙田郁
角川春樹事務所

 ビデオレンタル店で働く潤間さやかは中学でいじめを受け大けがで入院、その後もいじめはおさまらず不登校に。その原因を両親にも告げずに現在に至っている。中学校の形ばかりの卒業証書は受け取りを拒否して中卒資格も持っていないために、アルバイトも履歴書が必要になる度に転職を繰り返してきた。そして今二十歳、新成人の輪にも加わる事ができず漠然とした将来の不安を抱えながら、家の中では親と話す事もなくアルバイト生活を続けている。そんな中、客の探すビデオ作品「学校」から夜間中学の存在を知り、さやかは新たな一歩を踏み出す。夜間中学で出会う先生も生徒もあたたかい。人の優しさを感じられる作品です。

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「いのちの波止場」

いのちの波止場

「いのちの波止場」
南杏子
幻冬舎

 金沢で在宅の終末期患者を訪問診療で担うまほろば診療所の看護師星野麻世の能登さとうみ病院緩和ケア科での6ヶ月間の実習が始まった。ここは能登穴水町にあり終末期医療に携わる医師や看護師なら一度は見てみたい評判の病棟だ。しかもリタイアして故郷穴水へ帰っていたはずのまほろば診療所前所長の仙川徹は能登さとうみ病院の顧問だった。時には病院外でこの仙川先生に会い、心の頼りにしながら麻世の実習がすすむ。各章のそれぞれに医療用麻薬を用いた末期癌患者への丁寧な緩和ケアが描かれていて、私たちのおぼろげにしかもわずかづつ膨らんでくる死への恐怖も少し和らげてくれます。そして最終章では仙川先生が入院することに・・・・。

「どうすれば入院中も楽しそうにしていられるんですか?」
「何があっても機嫌良く生きる、って決心したんだよ」

主人公と入院した仙川先生のこんな会話が心にのこります。

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「リラの花咲くけもの道」

リラの花咲くけもの道「リラの花咲くけもの道」
藤岡陽子
光文社

 岸本聡里は今春高校を卒業して北農大学獣医学類に入学するべく、祖母と共に女子寮にやってきた。12歳で母を亡くし義母との間がうまくいかず中学時代はひきこもり状態、そんな聡里を支えてくれたのは祖母と愛犬パールの存在だった。15歳の誕生日に母方の祖母チドリに引き取られ、進学した高校は受験に学力検査も内申書も不要なチャレンジスクール。そして、学習塾の先生にも勧められて目指したのは獣医学部だった。
同年代との交流経験のほとんどない聡里が4人部屋の寮に入寮し、新たな勇気をもって自身の事を伝え、徐々に友人もできていく。寮長で頼れる先輩の静原夏菜と加瀬一馬、初めは聡里を嫌っていた同室の梶田綾香華、鳥の事にはやたらと詳しい久保残雪らと共に学内での講義や実習、学外での臨床実習に臨んでいく。

私の子どもの頃我が家は乳牛が二頭いて、手作業で搾乳しそれを水で冷やし牛乳を出荷していました。時には獣医師さんが来て肩の辺りまですっぽり包み込むゴム手袋をして牛のお尻から手を入れて診察したり、子牛が産み落とされてすぐに立ち上がったりと深くしまい込まれた遠い記憶も本書で語られる情景から蘇り、懐かしさも感じられた作品でした。

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「雨を活かす」

雨を活かす「雨を活かす」
岩波アクティブ新書104
辰濃和男・村瀬 誠

 我々は生活する中で水道水を大量に消費する一方、雨水は全く利用されずに流してしまっている。水道水は多くの資金と人為により浄化された水、その高価な水を飲用・炊事・洗濯・風呂・トイレ・散水・灌水・洗車にと。しかし飲用・炊事を除けば水道水のように高度に浄化された水でなくても十分なはず。そこで、無料でもたらされる大量の雨水をもっともっと活かして使おうというのが本書の主旨。この中では実際に雨水を貯めて使う方法、先進例、海外での雨水活用等々幅広く紹介され、これから雨水利用を始めようという人にも大いに助けになります。

雨水は基本的には蒸留水できれいなもの、ボトル詰めして飲用に販売している国もある。降り始めの雨はその蒸留水が大気汚染物質を溶かして空気を浄化してくれた有り難い存在。その雨水を「汚い」と蔑む人間の身勝手さ、何で「ありがたい」と思えないのでしょうかね。雨をため始めると「雨は嫌だな」という気持ちから「雨を喜ぶ」気持ちに変化するという。私たちの環境の将来、地球の将来が危ぶまれていますが、ここに紹介されている雨に寄り添った生活こそが私たち人間に求められているのではないでしょうか。

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「巨流再生」

再生巨流「巨流再生」
楡 周平
新潮社

運輸大手のスバル運輸に勤める吉野公啓は営業で次々と新しい提案をし、実績をあげてきた一方で同僚や上司からはけむたがれる存在。直属の上司である営業本部長:三瀬隆司から告げられたのは東京本社第一営業部次長から新規事業開発部部長への辞令。これは新設部署で年間四億の新規取引先開発を課せられ、それが達成できなければ閑職に追われるか自主退職を迫られるかというもの。しかも新部署は事務職員と実績の上がらない若手営業マンとの3人だけ。追い詰められた吉野が創出するのは物流の勢力図を塗り替えてしまうほどのシステムだが、実現には思わぬ壁が・・・・。

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「いのちの十字路」

いのちの十字路

「いのちの十字路」
南杏子
幻冬舎

「いのちの停車場」続編です。
舞台は金沢で訪問診療を行なっている「まほろば診療所」、病院での治療から在宅での治療に変わった患者への訪問診療を行なっている。前作ではアルバイト兼運転手だったが国家試験に合格し今度は医師としてはたらき始めた野呂が主人公。自身がヤングケアラーであったことから、認知症患者や不治の病となったが帰国を望まない漁業の技能実習生、脳梗塞の後遺症をもつ若い母親を介護する女子中学生等々患者やその家族に寄り添って治療に当たる姿が清々しく描かれています。こんなお医者さんに巡り会えたらしあわせ!

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「プラチナタウン」

プラチナタウン「プラチナタウン」
楡周平
祥伝社

 大手総合商社四井商事食糧事業本部穀物取引部部長山崎鉄郎、多くの同期採用者が脱落する中で忙しくも充実した仕事ぶりで社内のエリートコースを歩んでいる。そんな山崎に中学時代の同級生クマケン(熊沢建二)が持ちかけた話は、人口減少の上膨大な借金を抱え市町村合併も蚊帳の外に置かれている町の再生のため故郷緑原町に戻って町長になってくれと言う事。体よく断るはずのこの話だったが、社内で取締本部長八代の縁故採用にかかわるとばっちりで窮地に陥り、やむなく転身を決意。ここから山崎の町を窮地から救い再生に向けての挑戦が始まる。高齢化社会を見据えた夢のあるお話しで面白い。

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