子どもたちの変化
乱暴な子ほど温かくなって行った。
分離唱による大小の変化は一つ一つ私を驚かせた。国語や算数で三十点ほどしかとれなかった子どもたちが、その後平気で八十点、九十点をとり始めた。また。音楽を嫌がっていた子どもたちほど激しい変わり方をした。乱暴で落ちつきがなく、音楽にまったく興味を持たなかった子どもが、いつの間にか真剣な顔つきで音楽に聴き入るようになり、ベートーベンが好きになった。ひどい音痴で、笛も覚えられないでいた子が、知らない間にきれいな音で笛を吹いていた。
私を手こずらせていた子どもたちの方が、かえって今では伸び伸びして主体的でさえある。最後まで素直になり切れなかったのは、いわゆる優秀な子どもたちだった。それでも気のよい子どもは、早くに自分を出しはじめ、前とは打って変わって、無邪気な面を見せてくれた。プライドの高い子などは周囲の友だちの変化に取り残されてキリキリした余裕のなさが目立ってしまったものだった。
わけもなくおかしがるのも分離唱の影響による現象の一つ。何か嬉しいのか、やたらにクスクスと笑う。それを見た友だちも一緒に笑ってしまう。以前はしょっ中けんかをしてい
たが、今はそれがけんかになり切らない。何かに満たされていることを子どもたちを見るにつけ思う。
乱暴な子どもたちほど、温かく変わっていくという現象を見るたびに、非行に走る若者たちの、淋しく満たされない心の中をのぞくようで、やり切れなく思った。純粋な子どもほど、自分の世界がぼやけていくのを敏感に感じ取るのではあるまいか。そしてその不安や欲求不満を処理できず、自信を失い、落ちつきのないなげやりな人間になってしまう。
音楽の世界もまた同様である。満たされない心は反動的に強烈なリズムや激しい音にその思いをぶつけていく。しかし、分離唱をはじめてからは、テレビジョンで強烈に演奏される音楽を求める子も少なくなって来た。自然と興味が薄らいでいるようだ。逆に教科書の「ふるさと」「おぼろ月夜」「赤とんぼ」(六年)「冬げしき」(五年)などのしっとりした曲を、楽しんで歌っている。
分離唱から十ヵ月過ぎる頃から、子どもたちはまた違う変化を見せはしめた。終わりのチャイムが鳴っても、まだ歌いたがるのだ。あと一曲、あと三曲と口々に言う。歌いたくて
仕方がないらしい。終わりにしようと言ってもまだ歌うという。私も本気になって伴奏させられてしまう。分離唱のあとでいつも練習してきた簡単なハーモニーの練習が、いつの間にかやさしい曲にかわった。今は無伴奏の三部合唱として、そのハーモニーが美しくなって来はしめた。どうにかこうにか一度で三部合唱ができてしまったというクラスも生まれた。今は、今まで元気よく歌っていた子どもたちの中から、少しずつ真剣な目なざしで音楽する子が生まれている。「楽しい音楽」から「音楽する喜び」への変化だ。
思えば「分離唱」が私と子どもたちの間のほつれた糸をつなぎなおしてくれたのだ。子どもたちは私に明るく話しかけ、私は子どもたちの優れた音楽性にカブトをぬぐ。暖かい光が私を包んでくれているような気がしてならない。
あの日、本屋でふと「耳をひらく」を手に取ったのは、あれは本当に偶然だったのだろうか。子どもたちと私の苦しみが、この一冊の本にめぐり合わせてくれたのではなかったのだろうか。私はこの幸せを、一体誰に感謝すればよいのだろう。