特集 “野の花”のごとく (その5)

東混での成果

増田さんと東混の話は、まえに書いた。増田さんは、この一年ほどまえから、再び、佐々木基之氏のもとにレッスンに通いはじめているそうだ。佐々木氏の音感教育とは″音に感じる″ことだという。物理現象の音を、人間の精神の高さまで引きあげ、それによって創造しようとするものだ。東混の指導にあたっていて、彼はさらに高い飛躍の壁に行きあたったのかもしれない。
増田さんの話の最後に、彼が東混でやっている佐々木氏の音感教育の方法を、紹介することにしよう。
現在東混では、増田さんの他に二人のトレーナーをおいて、この分離唱を行なっている。四十名近くの団員を三分して、ひとりが十二、三人を受けもつことになる。これくらいだと30分くらいで指導しやすいとのことだった。
まず、ひとりひとりに分離唱を行なう。CEGの三和音を分散和音でなくひき、その余韻を利用して、その和音のなかにとけこめるようなC、E、Gを反復うたわせる。そのためには、よく耳をすませて和音を聞かなければならない。その和音に関する限り、CもEもGも一定の音しかありえないから、もしそれを数人で斉唱させたとしたら、結果は、一本に統一された美しいユニゾンの線が得られることになる。
各人が、和音のなかでとらえた自分の音がどんなものか、これは決して単音練習から得られるものと同じではないことを知るのだ。平均率に調律されたピアノ(これも絶対にすべての音が平均率に等分されているとはいえない。調律が調律師の耳と技術でなされる限り、また、使用したあとのピアノでは、狂いはだんだんにひどくなるものだ)を手段に利用することによって、人間の自然感覚のなかの純正調を引きだすわけだ。人間の自然な感覚に依存すればいいのだから、こんな簡単なことはない。むしろ平均律にあわせることのほうが、百分の何パーセント狂わせることのほうが、はるかにむずかしいものだともいえる。
その分離唱のつぎに、三声唱というのがある。これは、それぞれの組をさらに三分してCをうたう組、Eを、Gを、というふうに分けておいて、再び、ピアノの和音により、それぞれが、分担の音をそれにとけこませれはよい。ピアノの振動を止める。すると、残された人声は、CEGの長三和音の純正なひびきを美しく残す。
もちろん、CFA、HDGも、同様な方法で行なう。東混ではカデンツとして、CEG→CFA→HDG→CEGというように行なっているそうだ。

 

 

他の調に行くときは、そのトニックから、同様にはじめればよい。それも、下属調(FAC、でなく、C調と関連させるためにCFAからはじめるらしい)から属調(GHD。これも同様に、C調の関係調として、HDGの転回形をトニックにするそうだ)
分離唱も、EGCとか、GCEとかの転回形でも行なう。三声唱の発音は、アー、とか、ヤーなどでやると効果的だそうだ。また、声部を入れかえてやってもみるという。たとえは、ベースをテナーと入れかえてみる。すると音の和声的な配置が自覚できることにもなる。
最後に、コラールブックから、簡単なコラールの練習。原語だったり、母音だったりでうたい、音量のバランスや音色から、全体の流れやひびきを実感させるのだそうだ。
以上の練習は、毎週一回だけ行なっている。佐々木氏の門を再びたたいた増田さんには、東混をさらに一層美しくしようとする情熱もうかがえるのだ。
佐々木氏も話していたが、この方法は、なまじか譜の読める人のほうが時間がかかるそうだ。階名唱のパート練習や、コールユプンゲンも、ハーモニーを作るには適したやり方でないとは、増田さんも話していた。
ついでながら、三年まえ結婚した増田邦明さんの奥様も、東混のソプラノで、夫婦むつまじく歩きまわっているときいた。増田さん夫婦にとって、合唱のなかに生活がある、といった毎日であるらしい。

 

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