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「よくがんばりました」

 

よくがんばりました

 

「よくがんばりました」
喜多川泰
サンマーク出版

 石橋嘉人は妻と中二・小五の子を持つ中学の数学教師で50歳を超えたベテラン、不安を抱える若手の心配を心配するような立場になっている。そんな嘉人に実父が亡くなったとの連絡が遠く愛媛県西条市の警察から入る。父は湊哲治、嘉人が中学生のとき父の余りの所業のひどさに母とともに父の下を去り今は姓も違っている。その母も既に亡く、父の存在は嘉人の心にはほとんどなくなっていたのだが、唯一の肉親として亡き父の下を訪ねる。父の家は嘉人母子が去った当時そのままに、そして今は食べていくのも難しいだろうと思われる貸本屋を続けていたという。冷え切った心のまま父を知る人たちにも別れを告げて帰郷するつもりの嘉人であったが、少しずつ少しずつ家族から見たらどうしようもないと思える父の外での生き様が見え始める。
自分ではどうにもできないほどの強い自己否定感、そんなに極端ではないにしても十分には自己肯定できない人は多いはず、そんな人を力づけてくれるようなお話でした。
嘉人の職場ではコロナ禍で行わなければならないネット授業に悩む教師が描かれている。現代を象徴するような学校の状況、主人公が職場に帰ってきて悩める後輩達にどんなふうに接してくれるのだろ、なんて思ってしまいました。
西条まつりも知りませんでした。ネットでも検索してみましたが、何というだんじりの数、何と勇壮なまつりでしょうか。この地で産まれた作者の、まつりへの強い思いもにじみ出ているんでしょうね。

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「回帰」

回帰

「回帰」
今野敏
幻冬舎

 警視庁強行班係・樋口顕シリーズ5作目。
樋口の出身大学の近くで爆発事件が起きた。上司天童管理官の下にはテロの予兆との情報もあり、公安部と一緒の指揮本部が立ち上がる。参考人への人権も考慮したい刑事部と強行さの潜む公安部の姿勢の違いや情報の共有面で信頼関係を築きにくい中で、歩み寄りを見せながら捜査がすすんで行く。一方で大学生の樋口の娘はバックパッカーとして海外を旅行したいと言いだし、その対応にも悩んでいる樋口の庶民的な心理を描きながら事件の核心に迫って行く。今回も面白い作品でした。

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「天使のにもつ」

天使のにもつ

「天使のにもつ」
いとうみく
童心社

 職場体験をすることになった中学2年生斗羽風太、先輩や友人のはなしを聞きながらも数ある体験先の中にやりたいことが見つからず、「子どもと一緒に遊んでいればいいのだろう」と軽い気持ちで保育園での体験を選んでしまう。そしてはじまった5日間の保育体験、小さな子達に囲まれ振り回されながらも園児に関わっていく風太が微笑ましい。

「零から〇へ」

零から〇へ

「零から〇へ」
まはら三桃
ポプラ社

 昭和20年初冬、19歳の松岡聡一は鉄道技術研究所に就職した。父を戦争で亡くし、自身は視力がもとで戦争に行けなかったことを心の傷としていたが、職場には零戦や桜花など戦争用飛行機の開発に携わった技術者達が多くの人を死に追いやった苦い経験から新しい列車を平和の乗り物として作り出そうとしているところだった。満州からの引き上げの苦しい過去をもつ寧子に惹かれながら、先輩技術者達と新幹線に開発に情熱を燃やす物語、敗戦から立ち直る当時の日本を頭に描きながらの一機読みでした。

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「覇剣 武蔵と柳生兵庫助」

覇剣

「覇剣 武蔵と柳生兵庫助」
鳥羽 亮
祥伝社

 吉岡一門を倒し佐々木小次郎を倒し戦乱の世からそれが治り徳川の世への変わる時流の中で剣名を上げながらも十分な地位と禄を得られない武蔵。柳生の名門に生まれ、容易に肥後細川藩で十分な地位を得ながらもそれを投げだし剣の道を求める柳生兵庫助。壮絶な戦いの中で剣を磨いてきた武蔵と名門の麒麟児で新陰流の神髄である活人剣をつかう兵庫助。二人の剣豪を対比させながら、やがてはこの二人の対決へとすすんでいく。
吉川英治とはまたひと味違う武蔵像を描いています。

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「パンとスープとネコ日和」

パンとスープとネコ日和

「パンとスープとネコ日和」
群ようこ
角川春樹事務所

 編集者として出版社に勤め料理家に気に入られていたアキコだが、突然母を亡くし天涯孤独な身となってしまう。常連さんが集まる食堂を開いていた母の店を閉店。社では不本意な人事もあり、退社して母の残した店を改装し自らの店を開く決意をする。シンプルな内装、メニューは日替わりのサンドイッチ・サラダ・小さなフルーツのみ、安心できる食材を使うこだわりの店。ふらりとやってきたネコのたろとの生活、女性店員しまちゃん、隣の喫茶店のママさん、料理家の先生、縁ある寺の奥さん等々多くの人と関わりながらお店をやっていく物語です。
1作目が好評だったのでしょうか、続編が次々と出て最新刊は5作目。私の読後感も好印象、2作目「福も来た」も読みました。これから続けて読んでみようと思います。

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「ひかりの魔女」


「ひかりの魔女」
さっちゃんの巻
山本甲士
双葉文庫

 「ひかりの魔女」シリーズの3作目です。主人公のさっちゃんは小学校5年生、今は不登校となり「くすのきクラブ」というフリースクールに通っている。スクールでは予定を立てて自分のペースで学習ドリルをすすめ、あいまに小1のひとみちゃんに児童書の読み聞かせをしている。そんな中、スクールのボランティアとしてひかりさんがやってくる。さっちゃんの読み聞かせを聞いてくれ、学習へのアドバイス、料理教室、帰宅途中でのおはなしの創作などなど光さんが来たことでさっちゃんをめぐる色々なことが動き始める。今回もスーパーおばあちゃん:ひかりさんがその人脈を駆使してしあわせを運んでくる温かいおはなしでした。

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「北里大学獣医学部 犬部」


「北里大学獣医学部 犬部」
片野ゆか 作
ほづみりや 絵
ポプラ社

 表題の通り大学のサークルのおはなし。北里大学獣医学部生は青森県十和田市に大学2年生になってやってくる。そんな二度目の入学生(2年生)から始める「犬部」は捨てられた犬や猫を保護して、新しい飼い主を探す活動をしている。犬部にやってくるのは、公園に捨てられた子猫や小犬、病気やケガをした野良猫、栄養失調の迷子犬などなど。なかには人間不信・警戒心のかたまりのような犬まで。そんな犬や猫たちも愛情を注がれ、不信を拭い去って穏やかさを取り戻していく様子は人間と同じですね。大学が支援してくれるわけでもなんでもない犬部の活動はただただ学生達の動物愛に支えられています。こんな学生がいるんだ~。

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「小さな山の家にて」

 

小さな山の家にて

水上 勉
朝日新聞社

 「ぼく」は東京に住む小学生、おじいちゃんが長野の山で一人暮らしをして竹紙(ちくし)を漉いている。長い休みになると「ぼく」はおじいちゃんの「小さな山の家」に行って一緒に竹紙漉きしたり、犬と一緒に山に入ったり、おじいちゃんの仕事を手伝うタイ人の兄妹と働いたりする。

水上さんの「ブンナよ木からおりてこい」以来の児童文学だそうです。水上さんには「越前竹人形」という作品がありました。その中で著者の竹紙に対してのこだわりを感じましたが、ここでもこどもの目を通して竹紙への強い思いを綴っています。山の家での生活の情景が生々しく浮かんできて、できあがった竹紙がやがては国境を越えてタイの人たちとの交流にまで発展していく夢のあるおはなしでした。

「福」に憑かれた男

福に憑かれた男

「福」に憑かれた男
喜多川 泰
総合法令出版

 父親の死で会社勤めを辞めて長船堂書店を継いだ秀三、はじめこそはどうやって店を大きくしようかと夢見ていたが、やがて近くに大型書店が誕生することになり、しかも近くにはコンビニが・・・・。これでは雑誌も売れなくなってしまうというありさま。ちいさなお店がそんな危機を乗り越えていくストーリー。しかもそれを語るのは主人公に憑いた福の神というのが面白い。
で、「そんな本屋さんがあったら良いな」とモデルとなった本屋さんがあるのかなとネットで調べたところあるんですね。こんな店近くにあったら行ってみたいな。実在するこの本屋さんへの著者の思い入れもたっぷり詰まったこの本、一気読みですよ。