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「和僑」

和僑「和僑」
楡 周平
祥伝社

過疎高齢化に悩んでいた緑原町は豊かな老後をコンセプトにした老人向け定住施設「プラチナタウン」を誘致して町の活性化に成功した。プラチナタウンは入居者八千人、プラチナタウンが生んだ雇用が六百人。そのお陰で寂れていた商店街も活気を取り戻し、緑原出身者のUターンも増えている。大手総合商社「四井商事」から転身してプラチナタウンを誘致した町長:山崎鉄郎はその功労者、プラチナタウンを拡張して更に活性化を目論もうと圧力が掛かるが、ここだけに頼る危うさに加え将来の高齢者人口減少も見据える山崎には新たな振興策が必要と考えている。意欲的に肉屋と食肉の卸を営む正(しよう)ちゃん(辰野正一)、農協を飛び出し新しい野菜の流通形態を確立した西山圭介、役場産業振興課の若手トコちゃん(工藤登美子)等とともに農畜産物でのアメリカ進出で新しい町の将来を模索するこのお話し、面白かった。

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「百万ドルをとり返せ!」

百万ドルを取り返せ!「百万ドルをとり返せ!」
ジェフリー・アーチャー
永井 淳 訳
新潮文庫

 あくどいことも平気で、一代で身代を築いた億万長者のハーヴェイ。ここでも法の網を潜って自身の持つ実態の怪しい会社株を巧みに操り大儲け。オクスフォード大学の客員研究員のスティーブン、上流階級専門の医師ロビン、画廊経営者のジャン・ピエール、役者を目指していたイギリス貴族の御曹司ジェイムズの四人はその株でまんまと大金を失ってしまう。被害に遭ったこの四人が結束して、法で裁けぬハーヴェイから騙し取られた百万ドルを取り返そうと、それぞれが自身の分野を活かして練ったプランをジェイムズの美人パートナーも加わり結束して遂行していく。果たして百万ドルは取り返せるのか?

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「宙わたる教室」

宙わたる教室

「宙わたる教室」
伊与原 新
文藝春秋

 昨年放送されたドラマ「宙わたる教室」の原作です。

新宿東高校に様々な事情をかかえて集まる生徒は年齢もまた様々。ゴミ収集会社に勤める柳田岳人はディスクレシア(読み書きに困難がある学習障害)を抱える生徒だが、理科や数学には秀でている。一風変わった数学と物理の先生:藤竹はこの学校で科学部をつくることを目論み、更にその先も見据えている。その部員第一号として藤竹が目をつけたのは柳原、そして夫と二人でフィリピン料理店を営む越川アンジェラ、保健室登校を続ける名取佳澄、入院中の妻を抱える金属加工の小さな会社を経営していた74歳の長嶺省造も仲間に加わる。個性豊かな四人が挑むのは「実験室に火星をつくること」。

おもしろいお話しでした。

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「ドッグファイト」

ドッグファイト

楡 周平
角川書店

 大手運送業者コンゴウ運送に勤める郡司は営業部に異動となり、大手取引先の外資系通販会社スイフトの担当となる。スイフトの女性執行役員堀田は大変のやりてだが取引先には非常に厳ししい。コンゴウ運送は仕事は増えても配送料は徹底的にたたかれ利益は全く上がらない上に生鮮品の即日配送という新たな事業に大きな設備投資を迫られる。利益が上がらないのにスイフトの仕事への依存率は高まりがんじがらめ。危機感をもった郡司たちは新たなアイデアで企画を立ち上げる。それは買い物難民を救い、沈滞する商店街を活性化するというもの。

ネット上ではアマゾンとヤマト運輸の戦いを描いているようなことも書かれています。会社のピンチを救い新たな事業展開が始まるお話、痛快です。

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「中学生から知りたいパレスチナのこと」

中学生から知りたいパレスチナのこと「中学生から知りたいパレスチナのこと」
岡真理・小山哲・藤原辰史
ミシマ社

 今も続いていて終わりの見えないイスラエルのガザへの攻撃。パレスチナの武装組織「ハマス」の突然の攻撃を発端にして始まったようにも報道され理解されているが、その背景は「根深い」もの。イスラエルの中にガザというパレスチナ人の自治区があるということに違和感を感じながらもその疑問を知ろうとはして来なかったのですが、この本の表題を見て読み始めました。パレスチナの状況を「かわいそう」と距離を置いて見ている私たち、「根深い」などと簡単な言葉では片づけられないもの、事の根源は西欧人の心にも及び、さらには我々日本人のあの戦争に至った心にも同様なものが見出される。著者は切々と訴えています。

「山の上の家事学校」

山の上の家事学校「山の上の家事学校」
近藤史恵
中央公論新社

 43歳の仲上幸彦は新聞社勤め。3年間付き合った後に結婚した妻:鈴菜は1年前に5歳の娘:理央を連れて出て行ってしまった。今は成人するまで養育費を払い、月1回理央と面会している。振り返ると育児も家事も妻に任せきりで、今は自宅も荒れてきている。大阪への転勤を機にまとまった休暇を取ることになったのでその前に帰省して、母と「一緒に旅行をしよう」と誘っても「あなたと行っても全然気が休まらない」と断られてしまう。逆に同時に帰省した妹から「独身男性の寿命は明らかに短い」からと男性が対象の生活のための家事学校への入学を勧められ、酒量が増え食生活が荒れていることを実感していた幸彦の家事学校で学ぶ生活が始まる。

離婚で家族を失った寂しさと、自身に内在したその原因に向き合い変わっていこうとする主人公を応援したくなるおはなしです。

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「時のみぞ知る」(上・下)

時のみぞ知る「時のみぞ知る」(上・下)
-クリフトン年代記 第1部-
ジェフリー・アーチャー
新潮文庫

 1920年代、イギリスの港町ブリストルが舞台。主人公:ハリー・クリフトンは父を早くに亡くし、ウェイトレスをしている母、港湾労働者の叔父の下で育ったが貧しく学校にも十分に通わない少年。自身将来は叔父と同じように港湾労働者として働くものと思っていた。だが素晴らしい声に恵まれ、港に置かれた古い客車で生活するジャックにも助けられ、富裕層の御曹司たちが通う名門校に聖歌隊奨学生として入学する。

先輩たちから再三いじめを受けたりもするが、ジャイルズという名家出身の親友を得て、ハリーは彼の成功と幸福を願う多くの人の支えの中で成長していく。やがて明らかになっていく父の失踪の謎、ハリーの出自、そして恋愛等々ドラマが次々と展開していきます。次々とページをめくらなくてはいられない作品。

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「俺たちの箱根駅伝」

俺たちの箱根駅伝俺たちの箱根駅伝(上・下)
池井戸潤
文藝春秋

 箱根駅伝の名門:明誠学院大学陸上部の主将隼人、一年時は箱根本線出場を果たしているが隼人自身はメンバー入りできず、最終学年の今年に期していた。10月の予選会はわずかな差で本選出場を逃してしまったが隼人は監督交代を告げられると同時に学生連合チームに選出される。後任監督は学生時代の名ランナーだが卒業と同時にビジネスの世界に入り陸上からは離れていた甲斐真人、しかもその甲斐が学生連合チームの監督を任されることに。監督後任人事への批判、学生連合チームへの批判、陸上部の中で一人だけ箱根出場がかなう隼人への風当たり等課題山積の中でどのようにチームがつくられ本選に向かうのか、興味の尽きない構成で一気読みでした。

池井戸作品で「箱根」を扱ったものははじめてですが、フィナーレはやはり池井戸流。この作品、単発でおわるのでしょうか。続編、甲斐監督が育てる明誠学院大陸上部のその後が読みたいな。

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「バリ山行」

バリ山行「バリ山行」
松永K三蔵
講談社

 「バリ山行」のバリはバリエーション・ルートの略。整備されたの登山道に対して、道なき道(バリエーション・ルート)を歩く登山のこと。時には危険を伴う場合もあり得る山行。

主人公:波多は内装リフォームの会社から建物の外装修繕を専門とする会社に転職して2年。前職では人のつながりをあまりもたなかったためにリストラ対象となってしまった。そんな経験から社内行事のような形で開催された六甲登山に参加。その集まりもやがて定例化して社内登山部に発展し、波多は無理のない登山にだんだん魅せられていく。そんな時、同じ営業部の先輩:妻鹿(めが)は同僚とほとんど関わりを持たず独自の営業をしているが、同時にバリ山行に度々出かけていることを知る。近寄りがたい妻鹿ではあるが、仕事上彼に助けられた波多が社の経営方針・営業方針が変わる中でも独自の営業を続ける妻鹿の山行きにも関心を持ち始める。仕事の上ではマイペースの一方、私的にはバリ山行に魅せられている妻鹿の人物描写が面白い。

バリ山行から帰って寝込んでしまった波多への妻の対応が余りにも淡泊、そんな様子を作者もさらっと書いていますね、ウ~~~ン。
本年度の芥川賞作品です。

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「幾世の鈴」

 

幾世の鈴「幾世の鈴」
~あきない正傳金と銀 特別編下~
高田郁
角川春樹事務所

 11冊で完結した「あきない正傳金と銀」のスピンオフ的短編四話を収録。五鈴屋八代目徳兵衛となっている周助が元主人の店:桔梗屋の再興を決意するまでを描く「暖簾」。幸のよき相談相手であり女でありながら幸同様に商売に工夫を凝らし簪等を商う菊栄が幸が江戸を去りながらも更にたくましく商いの道を歩もうとする姿を描く「菊日和」。夫婦で江戸を追われたどり着いた播磨の国で宿を営み、姉の幸への頑なさを徐々に和らげていく妹の結を描く「行合の空」。五鈴屋九代目で幸と夫婦になった賢助が店を揺るぎない次の百年につなげようと工夫を凝らす「幾世の鈴」。

シリーズ最終巻はまだ続編が出るのではと期待も持たせるような終わり方でしたが、「幾世の鈴」でようやくはっきりと終わりを告げたような印象です。「あきない正傳金と銀」というタイトルもこのお話で頷けました。

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